『鳴神屋騒動秋風花』 作品解説
いよいよ新作の発売までひと月という頃に書いた作品。この字の並びで「なるかみやそうどうあきのかざばな」と読む。これも歌舞伎の題目のようなタイトルになってしまった。
狂死郎の友人の鳴神弥九郎が、ライバルの黒川雉之助とそのパトロン真壁将監によって人殺しの濡れ衣を着せられ、それを覇狂コンビが力ずくで解決する――というのが『真』における狂死郎の公式ストーリーなのだが、この作品は、それを骨格として、抜け荷がどうの風間忍軍がどうの慶寅がどうのと、そういった要素を肉づけして完成させた。ぼくの中では覇王丸と狂死郎というのはコンビあつかいなのだが、それはこの公式のストーリーが発端となっている。
ちなみに、覇王丸や十兵衛が狂死郎のことを千両屋と呼んでいるのは、売れっ子役者はたいてい副業で商売をしているため。おそらく扇子か白粉を売っているに違いない。
『鳴神屋騒動秋風花』 前段
旅支度をしている自分の手もとを、妹がそっと肩越しに覗き込んでくるのが気配で判った。
「ねえ、今度はどこに行くの?」
葉月のその問いに、火月は何の気なしに答えかけ、はっとして兄の顔を見やった。
「――――」
囲炉裏をはさんで火月と向かい合わせに座っていた蒼月は、先刻から無言のまま草鞋を綯っている。しかし、まさにその沈黙が、火月に対して余計なことはいうなと釘を刺しているかのようだった。