とびだせどうぶつの森 QRコード置き場

ここにはおもに『とびだせどうぶつの森』でネオジオキャラになりきるためのマイデザイン用QRコードや、SNK関連の二次創作テキストなどを置いています。髪型や髪色、瞳の色については『とびだせどうぶつの森』の攻略Wikiを参照してください。

『ソワレとアルバ』 Act02

「――よう、ソワレ!」
 途中で合流したノエルはやけに嬉しそうだった。
「まだ愛車が入院中だってのにご機嫌だな、ノエル」
 この前〈ブラーズ〉の連中からいただいた悪趣味なシボレー・インパラは、カルロスのガレージでばらばらに分解され、パーツとして使えるものはすべて買い取ってもらったが、それでもノエルの愛車の修理代にはとても足りなかった。そのわりにノエルの表情が明るいのが、ソワレにはいささか奇異に思える。
「いやあ、カルロスにかけ合ったら、少しは修理代まけてくれるっていわれてさ」
 頭をかきながらノエルがいう。
「少しっていったって、ホントに少しだろ?」
“ファットマン”のニックネームを持つ〈サンズ・オブ・フェイト〉の最年長カルロスは、でっぷりとした見た目に反して金のことには細かい。たとえチームの弟分が相手でも、取るべきものは取るというのがポリシーだという。事実、この前の一件でレッカー車を借りた時は、ソワレたちもあとできっちりレンタル料を支払わされた。

 「たとえほんの少しでもいいんだよ! まけてもらえることにゃ変わりねえんだから!」
「ンなこといって油断してると、あとでめちゃくちゃな請求書が届くかもしれねえぞ?」
「大丈夫大丈夫、オレもそうバカじゃねえからな、先に見積もり出してもらったんだよ。カルロスも、修理すんのにこれ以上は金は取らねェってはっきりといったしな」
「甘いって。あのケチなカルロスがそこまで断言したってのがかえって怪しいだろ? たとえばおまえさ、修理がすむまでカルロスのとこのガレージにクルマ置かせてもらってるよな?」
「うん」
「実は1日いくらであそこの使用料がカウントされててよ、修理代のほかに請求書が出てくるとか、そんなことになったらどうする?」
「え!? じょ、冗談よせよ! シャレになんねーって! いかにもカルロスがやりそうなことじゃねえかよ、それ!?」
「だろ? 一度きちんと確認したほうがいいんじゃねえ?」
「こ、怖くて聞けるかよ! 第一、もしホントにそんなカラクリになってたとしても、オレのクルマ、もう半分バラしてんだぜ? いまさらよそへ移動させられねえって!」
「だったら1日でも早く修理が終わることを祈るしかねえんじゃねえの?」
「判ってるよ、そんなこと! ほら、行くぞ、ソワレ!」
 のんびり歩いていたソワレの腕を乱暴に引っ掴み、ノエルは歩調を速めた。
「――今夜のファイト、オレ、おまえにあり金全部張るからよ、絶対に勝てよな!」
「責任重大だな」
 ノエルの鼻息の荒さに苦笑しながら、ソワレは物好きたちが集まるサウンドビーチへ向かった。
 アルバのようにきちんとしたところでバイトしているわけではないが、ストリートファイトで日銭を稼いでいるソワレも、“職場”には定期的に顔を出さなければならない。すなわち、腕自慢のファイターたちが集まる場所が、ソワレにとっての仕事場であった。

      ◆◇◆◇◆

 ふつうの格闘技ならば、闘いの舞台はおおむねリングになる。
 だが、ストリートファイトではそうはいかない。
 どこかの店でギャラリーを集めてファイトするなら、足元はフローリングやリノリウムの硬い床になるだろうし、文字通りの路上でならアスファルト、場合によってはさらに硬いコンクリートになる。下手に投げられれば一撃でKOされかねないダメージを受けることもあるだろう。
 逆に、サウンドビーチのような砂浜では、投げを食らうことはさして怖くはないが、その代わり、砂に足を取られてふだん通りの動きをするのが難しくなる。
 一長一短ではあったが、ソワレの場合、どこで闘ってもさしたる差はないと思っている。
 相手に掴まれて無様に投げられるつもりはなかったし、砂地に足を取られて思うように動けなくなるようなこともない。そんなやわな鍛え方はしていないという自負が、今のソワレにはあった。
 それよりはむしろ、ギャラリーの数のほうがソワレには重要な要素だった。目立つこと、喝采を浴びることが好きなソワレの場合、ギャラリーの数や盛り上がりは闘う上でのモチベーションに直結するのである。
「――おっ! ピンクのビキニのカワイコちゃん発見! オレって今夜もラッキー!」
 ビーチに生えた椰子の木へと器用によじ登り、ソワレはギャラリーの中の美女たちに目を輝かせた。
「こら! 見るところが違うだろ、ソワレ!」
「へへっ、判ってるって」
 ノエルにたしなめられ、ソワレはあらためて人垣の内側でおこなわれている闘いに目を向けた。
 稀代の梟雄ギース・ハワードによって、大規模な異種格闘技トーナメント――“ザ・キング・オブ・ファイターズ”が初めて開催された時から、このサウスタウンは、ストリートファイトで名を上げようとする者にとってのメッカとなった。
 交差点、駅の構内、ビーチ、公園、高架下の駐車場――ある程度の広さがあり、ギャラリーが集まりやすい場所であれば、たちまちそこは真剣勝負のステージとなる。熱いファイトをショーのひとつと位置づけたバーやレストランも、このサウスタウンでは決して珍しい存在ではない。ストリートファイトがこれほどさかんにおこなわれている街は、おそらく世界でもここだけだろう。
 この街の住人は、闘う立場であれ観戦する立場であれ、ストリートファイトの楽しみ方というものを心得ていたし、よその街でならただの乱暴者といわれるような人間でも、この街でなら、富と栄光をおのれの拳ひとつで掴むことも可能だった。
 しかし、だからといって、世界屈指のファイターたちばかりがこの街に集まってくるわけではない。
「どうだ、ソワレ?」
「……これぞって野郎はいねえな」
 この街でのファイトにはつねに賭けがともなう。それがギャラリーたちをよりヒートアップさせる要因のひとつでもあったが、賭けが成立するには、闘うふたりの力がある程度は均衡していなければならない。最初からワンサイドゲームになることが判っている闘いでは、そもそも賭けが成り立たないのである。
 だが、ソワレが見たところ、今夜のサウンドビーチにソワレの実力にふさわしいと思われる対戦相手は見当たらなかった。このままでは、ソワレに極端に低いオッズがつくような賭けしか成立しない。
「どうする? 河岸を変えてみるか?」
 椰子の木から降りてきたソワレにノエルが尋ねる。
 あちこちでストリートファイトがおこなわれているといっても、やはりその場所ごとにレベルのようなものは自然とできてくる。解放的なこのサウンドビーチでは、街の外からやってきた新顔が飛び入りで参加することも許されているが、その反面、レベル的にはかならずしもトップクラスとはいいがたい。勝者が手にする賞金もそれなりだったし、賭けで動く金もたかが知れている。
 ソワレとノエルがあれこれと相談をしているところに、渋い表情をしたギャラガーがジェイたちを連れてやってきた。
「――おい、ソワレ」
「よぉ、来てたのか」
「ついさっきな。……それよりおまえ、シーモアに会ったか?」
「シーモア?」
「どうやらおまえのことを捜してるらしいぜ」
「ってか、誰だよ、シーモアって?」
 きょとんとしてソワレが聞き返すと、ギャラガーはノエルと顔を見合わせ、大袈裟に天を振り仰いだ。
「……シーモアってのは〈ブラーズ〉のリーダーだよ」
「〈ブラーズ〉の連中が“ファミリー”の予備軍ていわれてんのは、シーモアの兄貴だか叔父貴が、“ファミリー”の中でそこそこのポジションにいるかららしいぜ」
「へえ。……で、そいつがどうしてオレのことを捜してるんだ?」
「おまえと〈ブラーズ〉のつながりっていったら、この前のあの一件しかないだろうが」
 ギャラガーはノエルの肩を叩き、その耳もとでささやいた。
「……聞いた話じゃ、シーモアはボクサー崩れでなかなかやるらしい。たぶん、この前あの店に殴り込んだのがおまえだってことを突き止めて、仲間の仇を討つ気なんだろう」
「それをいうならこっちはノエルの愛車の仇を討っただけだぜ?」
「そういう理屈が通じる相手じゃねェだろ? こういうことになるから、ハナっからおれはやめとけって――」
 くどくどと続くはずだったギャラガーの言葉が途切れたことに気づき、ソワレは背後を振り返った。
 押し黙ってしまったギャラガーの視線の先を追うと、あたりの人間よりも頭ひとつ大きな痩身の男がじっとソワレを睨みつけている。その両隣では、ソワレにも見覚えのあるスキンヘッドやオジー・オズボーンが、男に何ごとか話しかけていた。
「あいつか?」
「……ああ」
 かすかにうなずいたギャラガーは、ソワレの肩に置いた手に力を込めた。
「判ってるよな、ソワレ? 自重しろよ」
「そいつは向こうにいってくれよ。オレはちゃんとここのルールをわきまえてるぜ」
 ソワレは唇を吊り上げ、人混みの向こうの長身を見据えた。
 サウスタウンではギャングたちの抗争など日常茶飯事だったが、その一方で、しがらみに捕らわれることなくストリートファイトを楽しもうという気風もまた、この街には今も根強く残っている。
 これまでいくつものギャングたちが、多額の現金が動くストリートファイトを重要な資金源にしようとこころみてきたが、ギャングの介入が八百長を生むことを嫌ったファイターたちの激しい抵抗に遭い、ことごとく失敗してきた。唯一それに成功したのが、あとにも先にもあのハワード・コネクションだけだったという事実を考えれば、この街に集まってくる男たちがいかに気骨のある連中揃いであるかが判るだろう。
 この街には、ギャングですら無視することのできない“法”がある。
 もしここで乱闘騒ぎを起こして熱い闘いに水を差すような真似などしようものなら、ギャングだろうと何だろうと、ただですむはずはない。純粋にストリートファイトを楽しむためにやってきたギャラリーたちの反感を買うだけでなく、殺気立った“出場者”たちに囲まれて袋叩きにされるという可能性すらあった。
 もちろんソワレはそのことをよく承知している。だから、あのシーモアという男がどんなに挑発してきても相手になるまいと心に決めていた。だがそれは、決して周りの連中に袋叩きにされることを恐れたのではなく、この場でのルールを破ることによって、この心躍る夜ごとの闘いから永遠に追放されてしまうことを恐れたのである。
「お、おい」
 ノエルがわずかに声を震わせてソワレの脇腹を小突いた。
 スキンヘッドたちを引き連れたシーモアが、傍若無人にギャラリーたちをかき分けながらこちらへとやってくる。
 シーモアの視線を真っ向から受け止め、ソワレは唇を吊り上げた。
「堂々としてろよ、ノエル。挨拶もすんでねェうちから逃げ帰る算段をしてたんじゃ、フェイトたちに恥をかかせることになるぜ」
「け、けどよ――」
「向こうがあれこれ難癖つけてくるようなら、その時はオレが白黒はっきりつけてやるさ」
 そう呟く間も、ソワレはシーモアを冷静に観察している。
 身長はソワレよりも高い。おそらく190センチ以上はあるだろう。痩せ型だが貧弱というイメージはなかった。何よりも、ボクサーを目指していたというだけあってリーチが長い。まともに殴り合えば、ソワレでもその間合いに入ることは難しいだろう。
「――〈サンズ・オブ・フェイト〉のソワレ・メイラか?」
 いつの間にかソワレの視線は斜め上を見ていた。冷徹に自分を見下ろすシーモアのまなざしに、ソワレはうっすらと微笑みを浮かべてうなずき返した。
「発音はイマイチだが、ま、たぶんアンタがいってるソワレってのはオレのことだろうな」
「……オレは〈ブラーズ〉のシーモアだ」
「ああ。よーく知ってるぜ」
 ついさっきまで名前まで知らなかったくせに、ソワレは平然とそううそぶいた。
「で、そのミスター・シーモアがオレに何か用かい?」
「仲間が世話になったらしいじゃないか」
「礼にゃおよばねえェよ。……先に世話になったのはこっちだからな」
 自分たちはただやり返しただけだと言外にいい放ち、ソワレはシーモアの言葉を待った。
「……くだらんいざこざで潰し合うのは、おたがいに得策とはいえない。そうは思わないか?」
「そうだな」
「だが、だからといってこのままにしておくわけにもいかないよな?」
 ギャラリーたちの歓声を聞きながら、シーモアは淡々といった。もっとも、ときおり眉間に走る深いしわが、彼の胸中がおだやかならざることを物語っている。できることならこの場でソワレたちを叩きのめしたい――そんな怒りと苛立ちを必死に押さえているのが、むしろおだやかとさえいえるシーモアの口調に表れているようだった。
「――サシでケリをつけようぜ」
 いかに〈ブラーズ〉が“ファミリー”の下部組織とはいえ、〈サンズ・オブ・フェイト〉と真正面から激突するほどの力はない。ましてトラブルの発端は、メンバーがクルマのパーツを盗んだ盗まれたといった程度のいざこざである。シーモアたちが泣きついたとしても、“ファミリー”が動いてくれるとはかぎらない。
 対するソワレたちも、このトラブルが拡大して、最終的にフェイトたちに迷惑をかけてしまうことなど望んではいない。両組織が全面的に激突する事態を回避できるシーモアの提案は、まさに渡りに舟だった。
「オレとアンタで――ってことかい?」
「ああ。オレとおまえ、どっちが勝とうと、この一件はそれで手打ちにする。……それでどうだ?」
「別にオレはかまわないぜ」
 ソワレは即答した。ギャラガーが何かいおうとしていたようだったが、口をはさむ隙すらなかった。
「んで、場所や日時はどうする?」
「あくまで一対一の勝負だ。余計な横槍が入ったり遺恨が残る結果になってもつまらないからな」
 しばらく考え込んだあと、シーモアは続けた。
「……今度の土曜、サウスタウンブリッジのファイトで決着をつけるのはどうだ?」
「いいのか? あそこじゃ週末にゃカメラが入るんだぜ? 街中に恥をさらすかもしれないって考えないのかい?」
「カメラの前でイカサマをやるヤツはいないだろう」
「そいつはオレのセリフなんだがね」
 サウスタウンブリッジは、悪名高きかのギースタワーとイーストアイランドとをつなぐ長大な鉄橋である。その鉄橋の、イーストアイランド側で週末ごとにおこなわれるストリートファイトは、集まってくるファイターたちの実力でいえばこの街でもトップクラスで、ギャラリーも多く、しばしばケーブルテレビの中継が入るほどの人気を誇っている。
 そこで闘うということになれば、確かにおたがいに迂闊な小細工はできない。無関係のギャラリーやカメラの前で、正々堂々と決着をつけることができるだろう。
「時間までに会場に現れなければ負けを認めたと受け取るが、それでいいな?」
「だからよ、そいつもオレのセリフだってーの。……自慢じゃないがこのソワレさまはな、勝負が怖くて敵に背を向けたことなんざ、ただの一度もねーんだよ!」
 無言でベルトループを引っ張っているギャラガーの手を払いのけ、ソワレはシーモアに右手を差し出した。
「ってことで、土曜の夜はおたがいクリーンにいこうぜ?」
「……ああ」
 ソワレの手を握り返したシーモアは、最後までおだやかな口調を崩すことなく、スキンヘッドたちを引き連れて去っていった。
「おい、ソワレ!」
 シーモアたちがいなくなると、それまで蚊帳の外に置かれていたギャラガーが眉を吊り上げてわめき出した。
「おまえ、どうしてそういつも自分勝手なんだ!?」
「別にいいだろ? それこそオレが勝手にあの野郎とやり合うだけなんだからさ」
「おまえがそういうつもりでいたとしても、周りはそう見ないんだよ!」
「そうか……そういやそうだな」
 安っぽいTシャツの襟ぐりを指で広げながら、ノエルは溜息混じりにうなずいた。
「ソワレがシーモアと闘うってことは、〈サンズ・オブ・フェイト〉と〈ブラーズ〉の代理戦争ってことだもんなあ」
「大袈裟なこというなよ。オレにゃフェイトの名代なんてまだまだ無理だって。兄貴ならともかく――」
「だから! おまえがどう思うかじゃない、街の人間がどう思うかだ! 今度のファイトでおまえがシーモアに負けたら、たぶんシーモアたちは、大喜びで〈ブラーズ〉が〈サンズ・オブ・フェイト〉に勝ったと喧伝するぞ?」
「ちょっと待てよ、もちろん負けるつもりはねえけどさ、たとえオレが負けたとしたって、そいつはオレ個人の負けであって、グループやフェイトが負けたってわけじゃ――」
「世の中そんなに甘くないんだよ、ソワレ……」
 ギャラガーは額に手を当ててかぶりを振った。
「……シーモアだって、さすがにフェイトとタイマンを張ったんじゃ勝ち目がないって判ってるだろうからな。だから、フェイトよりくみしやすいおまえにオレたちの看板背負わせて、その上でギャラリーの前で叩きのめそうってんだろ? それがシーモアの狙いだよ、たぶんな」
「おまえ……案外アタマいいんだな」
「感心してる場合か! おまえが考えナシなだけなんだよ! 少しはアルバを見習え!」
「お、おい、ギャラガー……そんな、ここでソワレ相手にキレたって仕方ねえだろ?」
 声を荒げるギャラガーをノエルがなだめる。そもそものことの起こりはノエルの愛車だったわけだから、ノエルも少なからず責任を感じているのだろう。
 ソワレはノエルとギャラガーの肩を軽く叩いた。
「ふたりとも、そう気にすんなって! 要はオレが勝てばいいんだろ?」
「気軽にいうなよ……シーモアは実力がなくてプロになれなかったんじゃない、素行が悪くてプロになれなかっただけなんだぞ? この前おまえが相手にしたような、酒とタバコとクスリで年中ラリってるような連中とはわけが違うんだ」
「だから面白いんじゃねーか。ヤツがいかにも弱そうな野郎だったら、そもそもあんな提案呑んだりしねえよ」
 こともなげに答えたソワレには、自分がグループの看板を背負うことになったという責任感のようなものはまるでなかった。
 ファイトを楽しむ上で必要のないものは極力かかえ込まない――あるいはかかえ込んでいると意識しないのが、ソワレ・メイラのやり方だった。

      ◆◇◆◇◆

 チャイナタウンのさる大物がオーナーだという『サウスベイ・キッチン』は、カジュアルなヌーベル・シノワをリーズナブルな価格帯で提供する店として知られている。
 厨房で腕を振るうのは中国本土から招聘されたシェフたちで、味のほうは折り紙つきだが、かといって格式ばりすぎてもおらず、アメリカ人の口に合うアレンジと行き届いたサービスによって、ガイドブックなどでは一押しの店として紹介されることも少なくない。
 その店の裏手の路地で、アルバは習い覚えたばかりの拳法の型を繰り返している。
 正確にいえば、誰かに習ったわけではない。チャイナタウンの若者たちが稽古しているのを間近に見て、記憶を頼りにそれを再現しているのである。
 フェイト――〈サンズ・オブ・フェイト〉のリーダーの弟分である自分が、正式にチャイナタウンの誰かに師事してしまえば、ギャング同士のいさかいにチャイナタウンを巻き込んでしまわないともかぎらない。だからアルバは、チャイナタウンの人々に直接教えを乞おうとはせず、ただその稽古を見るだけにしていた。
 そうやって目で見て頭で覚えたものを、時間のある時に何度も繰り返して身体にも覚えさせるのが、アルバの修行なのである。
 虚空に拳を打ち込み、見えない敵に向かって蹴りを叩き込む。流れるようなコンビネーションをひとしきり繰り返したアルバは、今度は逆にぴたりと動きを止めた。
「――――」
 片足立ちのまま、1分以上もじっと動きを止めていたアルバは、近づいてくる足音を聞きつけて静かに深呼吸した。
「――おい、アルバ!」
 アルバが両足で立った時、裏口のドアが開いて年上のバイト仲間が顔を覗かせた。
「もうメシはすませたんだろ?」
「はい」
 開けていたシャツのボタンを留めながら、腕時計で時間を確認する。休憩時間はまだあと10分ほどあるはずだった。
「ちょいと早いが、休憩明けの前に先にオフィスへ行ってくれ。マダムがお呼びだ」
「マダムが?」
「よく判らんが、おまえさんに話があるとさ」
「判りました」
 うっすらと汗の浮かんだ顔を冷たい水で洗い、軽く髪に櫛を通してから、アルバは店の奥のオフィスへ向かった。
 マダム・リーはオーナーの親族のひとりで、実質的にこの店の経営をすべて任されている。
 マダムといってもまだ20代の未婚の女性で、アルバも詳しくは知らないが、現在のチャイナタウンでは、若い世代を取りまとめる次代のリーダーと目されているという。保守的な中国人社会においては稀有な存在といえるのかもしれない。
「――失礼します」
 アルバがノックをしてオフィスのドアを開けると、窓を背にして置かれた巨大なマホガニーのデスクに寄りかかっていたマダムが、耳もとに携帯電話を押し当てたまま微笑んだ。
 チャイナカラーの真っ赤なジャケットに、大胆なスリットの入ったタイトスカート――自分の親ほども年の離れた財界の男たちを相手に日々戦っている彼女には、そんな挑戦的なスタイルがよく似合っていた。
「……お待たせ」
 携帯電話をたたんでジャケットのポケットに放り込み、マダムは軽く嘆息した。
「何かご用でしょうか、マダム?」
「ご用というほどのことでもないんだけど、いろいろとね。……ところであなた、大学のほうはどうなの? 万事そつのないあなたのことだから、うまく両立させているとは思うけど」
「はい。自分ではうまくやっているつもりです」
「じゃ、こっちのほうは?」
 マダムは右手を拳に握って突き出した。拳法の修行のほうは――ということだろう。
「マダムとくらべればまだまだです」
「わたしとくらべたってしょうがないでしょう? 長老たちにいわせれば、わたしだってまだまだ小娘あつかいよ」
「ご謙遜を」
 アルバは右の拳に左手を添えて一礼した。
 プロポーション維持のために毎日の中国拳法の稽古は欠かさないというマダムだったが、彼女のそれが単なる美容術の域を超えているということをアルバは知っている。
 あふれるほどの天賦の才に加えて、少女の頃からあまたの実戦を経験してきたというマダムの実力は、おそらく現在のチャイナタウンでも五指に入るだろう。噂によれば、若かりし日の“伝説の狼”とも闘ったことがあるという。
 そんなマダムと闘ってかならず勝てるかといわれれば、さすがのアルバもすぐには首を縦に振ることはできない。どうにもこのマダムには、年に似合わない懐の深さというべきか、得体の知れないところがあるように思えてならなかった。
「まあいいわ」
 したり顔でうなずき、マダムはデスクの上に広げられていた資料を手に取った。長い脚を組み換えた拍子に、銀のアンクレットについていた小さな鈴がかすかに鳴る。
「――あなた、来月からフロアのほうに出てちょうだい」
「私が……ですか?」
 今のアルバの仕事は、皿洗いや材料の下ごしらえといったものがほとんどで、まだ鍋も振らせてもらえていない。もともと調理師になるためにやっているバイトではなかったし、下ばたらきのような今の労働内容に文句をつけるつもりはなかったが、いきなりフロアでの接客に回れといわれて面食らったのは事実だった。
「仕事の内容はひと通り把握しているでしょう? それとも、厨房のほうの仕事を続けたいの?」
「別にこだわりはありません。……ただ、なぜ新入り同然の私がと思ったものですから」
「決まってるじゃない、あなたがいい男だからよ」
 マダムは間髪入れずに答えた。
「せっかくの美男子なんだから、お客さまに見えるところに出さないともったいないじゃないの。――たぶんあなた、タキシードを着せたらすごく見映えするわよ」
「それはどうも」
 ストレートなマダムの賞賛の言葉に、アルバは軽く頭を下げた。
 マダムはああいったが、何もアルバの外見だけでそう決めたわけではないのだろう。アルバの仕事ぶりを正当に評価したからこその判断に違いない。
 それに、英語のほかに流暢なドイツ語とかたことのスペイン語を使えるアルバの才能を生かすには、確かに調理担当よりも接客担当のほうがいいのかもしれない。海外からやってくる観光客が、かならずしも英語が通じる相手だとはかぎらないからである。
「でね」
 資料を放り出し、マダムはアルバを見つめた。
「――あした、3時くらいに店に来られる? 大学の講義があるならそちらを優先させてもかまわないけど」
「いえ、大丈夫です」
「それじゃさっそくタキシードの採寸に行くから、時間を空けておいてちょうだい」
「判りました」
「それとね」
「はい?」
「あなた、サウスタウンブリッジのあれ、観たことある?」
「サウスタウンブリッジとおっしゃると……週末のストリートファイトのことでしょうか?」
「ええ」
 取りとめもなく話題が大きく変わったことに戸惑いながらも、アルバは否定の意味でゆっくりと首を振った。
 物見高いギャラリーの前で腕自慢の男たちが賞金を懸けて闘う光景は、このサウスタウンでは特に珍しいものではない。しかし、週末ごとにサウスタウンブリッジでおこなわれるそれは、ストリートファイトで名を上げようとする者にとっての登龍門ともいうべきイベントだった。
 ただ、そうした噂は耳にしたことがあっても、アルバがそれを自分の目で確かめたことはないし、もちろん出場したこともない。
 アルバはふと眉をひそめ、いぶかしげに呟いた。
「まさかマダム、ご自分でお出になるおつもりで――」
「そんなわけないでしょ。……そうじゃなくて、あなたはどうなの?」
「どうなのとは?」
「興味ない?」
「ありません」
「観るほうに? それともやるほうに興味がないの?」
「どちらにもです。幸か不幸か、今はほかにもっとやるべきことがありますから」
「真面目ね」
「いけませんか?」
「ほめてるのよ」
 マダムはデスクの向こう側に回り、いかにも座り心地のよさそうな椅子に腰を降ろすと、肩をすくめてひらひらと手を振った。
「もういいわ。仕事に戻りなさい」
「はい。失礼します」
 アルバは、慇懃に一礼し、仕事に戻った。

                              ――つづく――