読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

とびだせどうぶつの森 QRコード置き場

ここにはおもに『とびだせどうぶつの森』でネオジオキャラになりきるためのマイデザイン用QRコードや、SNK関連の二次創作テキストなどを置いています。髪型や髪色、瞳の色については『とびだせどうぶつの森』の攻略Wikiを参照してください。

『ソワレとアルバ』 Act03

二次小説 KOF

 金曜の夕刻、カサブランカへとやってきたギャラガーは、まだ客の姿もまばらな店内をそっと見回し、カウンターの内側で手持ち無沙汰にしていたシャーリィに尋ねた。
「……ソワレは?」
「ソワレ? 酒を飲むにはまだ早いって、さっきノエルが強引に引っ張ってったわよ? おおかたいつものところでハンバーガーでも食べてるんじゃない?」
「そうか」
「ねえ、これって失礼な話じゃない?」
 シャーリィは頬をふくらませた。
「ハンバーガーくらいウチでも食べられるじゃないの。それをわざわざよその店に行くことないと思うけど」
「姐さんのはお上品すぎてあいつらの口には合わないんだよ。……ほら、あいつらはまだガキだから」
 ソワレたちとほとんど年の変わらないギャラガーは、そういってシャーリィのご機嫌を取った。シャーリィの作るハンバーガーは確かにうまいが、そのぶん値段が高い――とは、さすがにいえない。
 それに、ノエルがソワレをいきつけのバーガースタンドへ引っ張っていったのは、ギャラガーがそうしろといったからなのである。

 「ジンジャーエール
 カウンターにしわくちゃのドル札を放り出し、ギャラガーは電話の受話器に手を伸ばした。
「ビールじゃなくていいの?」
「まだ酒には早いだろ?」
 さっそく出てきた炭酸で喉を潤しながら、アルバたちのアパートの電話番号をダイヤルする。知らず知らずのうちに、ギャラガーの指はせわしなくカウンターを叩いていた。
 ほどなくして、落ち着きのある声が聞こえてきた。
『――もしもし』
「あ! アルバか? おれだよ」
『ああ……久しぶりだな、ギャラガー。元気だったか?』
「ああ」
『いつもすまないな。ソワレのことだ、いろいろとギャラガーたちに面倒をかけているんだろう?』
「そりゃまあ――」
 苦笑混じりに言葉を濁し、ギャラガーはあらためて切り出した。
「おまえ、これからバイトか?」
『そうだが……ソワレならいないぞ? もうそっちに行っているんじゃないのか?』
「あ、いや、きょうはおまえに用事があってな」
『私に?』
「用事というか、まあ、少し混み入った話があるんだが――バイト前じゃ電話で長話ってのもアレだな。あしたはどうだ? 土曜日なら大学も午前中だけなんだろ?」
『すまない、あしたはバイトに入る時間がいつもより早いんだ。バイトといっても、タキシードの採寸に行くだけなんだが』
「タキシード? 何でまた?」
『今度フロアではたらかせてもらえることになったんだよ』
「へえ! 出世したな、アルバ」
 ソワレやノエルと違って、ギャラガーはアルバがどういう場所ではたらいているかを知っている。そういう店で接客を任されることがどれだけ神経を使うかということも、それなりに想像はできる。自分たちと同じスラムで育ったアルバが、そうした仕事を任されるまでになったということが、ギャラガーにはとても嬉しく誇らしく、同時に少しだけさびしくもあった。
『採寸だけならそう遅くはならないと思うし、次の日は休みがもらえる。話があるなら日曜日でどうだ?』
「日曜か――」
 ギャラガーがアルバに相談したかったのは、まさにあす、土曜の夜のことなのである。日曜に時間を作ってもらっても意味はない。
 しかし、ほんの些細な口調の変化からも、アルバは敏感にこちらの動揺を読み取ってくる。落胆を悟らせまいと、ギャラガーはあくまで明るい声で大仰にうなずいた。
「そうだな……じゃ、日曜はひさびさにこっち来いよ! おまえのおごりでみんなでメシでも食おうぜ」
『割り勘なら行くよ』
 アルバの苦笑が耳に痛い。
「ははっ、冗談だよ。じゃあ、日曜日にな」
 受話器を置いたギャラガーは、ジンジャーエールを一気に飲み干し、空のグラスをシャーリィのほうへ押し戻した。
「……姐さん、ビール」
「お酒にはまだ早いんじゃなかったの?」
「いや、まあ――」
「どうしたの? 何かあったわけ? 今の、アルバでしょう?」
「…………」
 シャーリィの問いには答えず、ビールの白い泡に口をつけ、ギャラガーは深い溜息をついた。
 ソワレとの対戦が決まってからの〈ブラーズ〉の動きは驚くほどすばやかった。ストリートファイトに関心のある者たちの間では、すでにソワレとシーモアのどちらが勝つかで大きな話題になっている。確証はないが、十中八、九、〈ブラーズ〉がソワレの逃げ道をふさぐために話を広めたのだろう。ついでにいえば、「本格的なボクシング経験のあるシーモアのほうが有利」という巷の下馬評も、〈ブラーズ〉がばらまいた噂が影響しているのかもしれない。
 ここまで人々の口の端に上ってしまった以上、もはやソワレはシーモアとの対戦を避けられないだろう。もしこれでソワレが闘いを回避しようとすれば、〈サンズ・オブ・フェイト〉が〈ブラーズ〉に敗北したことになるだけでなく、ストリートファイターとしてのソワレのキャリアも、ここで完全に命脈を絶たれてしまう。
 おそらく、アルバやフェイトが説得したとしても、もはやソワレを思いとどまらせることはできまい。
 そう考えると、さっきアルバに相談できなかったのは、アルバに心配をかけないという意味ではむしろよかったのかもしれない。ギャラガーにできることといえば、あとはもう、あすの闘いでのソワレの勝利を神に祈ることくらいだった。
「……ホント、頼むぜ、ソワレ……」
 ギャラガーは胸の前で小さく十字を切り、ビールをあおった。
「何のまじないだ、ギャラガー?」
「ぶ!?」
 いきなり背後から肩を叩かれ、ギャラガーは飲んだばかりのビールを吐き出しそうになった。
「シャーリィ、俺にもビール。ジョッキでな」
「は~い♪ おねえさん、きちんと現金で払ってくれるお客さんには愛想いいわよ~♪」
 シャーリィは鼻歌混じりにサーバーからビールをつぐと、ギャラガーの隣に座ったフェイトの前へジョッキを置いた。
「――それにしても、おまえも苦労を背負い込むタイプだな」
「え、え?」
 慌てて口もとをぬぐい、ギャラガーはフェイトの顔を見返した。
「ソワレのことだよ。――あした、〈ブラーズ〉のリーダーとやり合うんだろう?」
「し、知ってたのか、フェイト……」
「この手の噂は黙っていても聞こえてくるもんさ。……もっとも、誰かがわざわざ吹聴して回っているとしか思えない速さで街中に広まりつつあるみたいだけどな」
「フェイトもそう思うか……?」
「ソワレのヤツ、〈ブラーズ〉の連中にうまく乗せられちまったのかもしれないな……」
 頬杖をつき、フェイトは嘆息した。
「ど、どうしたらいい、フェイト? おれ、アルバに相談しようと思ったんだけど――」
 ギャラガーはついさっきアルバと電話で話したことをフェイトに語った。
「どうもこうも、こうなったらソワレに勝ってもらうしかないだろう? 本人だってそのつもりだろうし」
「……勝てるかな?」
「そうだな……まあ、ソワレならやってくれるとは思っているんだが、俺はむしろ――」
 思案顔のフェイトの呟きはそこで途切れた。何とも気に懸かる兄貴分の沈黙に、ギャラガーはごくりと喉を鳴らした。
「……アルバがバイトをしている店は、確か『サウスベイ・キッチン』だったな?」
「えっ? あ、ああ……確かそうだったと思うけど」
「マダム・リーの店か――」
 フェイトは静かにうなずき、ジョッキを傾けてギャラガーの背中をぽんぽんと叩いた。
「……ま、飲めよ」
「のっ、飲めって――ソワレのことはどうするんだよ!?」
「このことはソワレにはいうな。ノエルやジェイたちにもだ。……俺がどうにかするから」
「どうにかっていってもよう……」
「いいから俺に任せておけよ。……それよりおまえは、ソワレがあしたの闘いに集中できるようにいろいろと心を砕いてやってくれ」
「そりゃあ、いわれなくったってそうするつもりだったけど……」
 浮かしかけた腰をスツールに戻し、ギャラガーはぐびりとビールをすすった。
 一方はぼんやりと天井を見上げ、もうひとりはじっとうつむき、それぞれビールをすすっている。
 そんなギャラガーとフェイトの姿を、シャーリィが微笑ましげに見つめていた。

      ◆◇◆◇◆

 バックミラーの中のマダムは、先ほどから携帯電話で誰かと話し込んでいた。
 小声の、しかも早口の中国語では、アルバに聞き取る術はなかったが、もとより彼女のプライベートに踏み込むつもりは毛頭ない。アルバはすぐに視線を正面に向け、ベントレーのハンドルを握る手にわずかに力を込めた。
 マダム御用達のテーラーでの採寸はとどこおりなく終わった。マダムのこだわりはアルバの想像以上に徹底していて、フロアで接客するスタッフには、いつもフルオーダーのタキシードを用意するのだという。店にしてみれば決して安くはない出費だが、そのぶんマダムからは、すぐに店をやめたり無様に太ったりはするなと、冗談めかして釘を刺された。
「――アルバ」
 携帯電話をたたみ、マダムがいった。
イーストアイランドに向かってちょうだい。店に戻る前に寄るところがあるの」
「判りました」
 アルバはマダムに命ぜられるままにハンドルを切った。
 すでに日は沈み、人々の心を浮き立たせる土曜の夜が始まっていた。街路灯の白い輝きがベントレーの黒いボディにはじけ、闇の彼方へと流れていく。
「――そういえばね」
「はい?」
「サウスタウンブリッジのあれ……出るんですって?」
「何がです?」
「あなたの弟くん」
「――――」
 アルバは人知れず息を呑んだ。ソワレがストリートファイトを繰り返して金を稼いでいるということは承知していたが、この街でも指折りの実力者たちがつどうといわれる場所で闘うとは聞いていない。
 動揺を鎮め、アルバは聞き返した。
「……初耳です。相手は誰です?」
「〈ブラーズ〉とかいうグループのリーダーですって。知ってる?」
「噂くらいなら」
 無論、あまりいい噂ではない。フェイトたちと距離を置いた生活をしている今のアルバの耳にもそうした噂が伝わってくるということは、実態はさらにひどいのだろう。
「少し前に若い子たちの間でトラブルがあって、それにケリをつけるために一対一で闘うことになったらしいわ」
「〈ブラーズ〉はかなりタチの悪い連中だと聞いています。……そんな約束を守るとは思えませんが」
「ギャラリーの前では正々堂々と闘わざるをえないでしょう。――もっとも、ギャラリーがいないところでは何をやらかすか判らないけど」
 どこか楽しげに語ったマダムの視線が、ミラー越しにアルバの顔を捉えた。
「――弟くんの応援に行きたい?」
 アルバは即座に答えられなかった。
 ソワレのようにストリートファイトを好んでするタイプではなかったが、それでもアルバは彼らなりの“作法”は知っている。アルバがその場に行ったところで、ソワレにしてやれることはないだろう。ただその闘いを見守るしかできない。
 だが、その相手が悪辣なストリートギャングたちだと聞いて、暗い予感めいたものを覚えたのも事実だった。イーストアイランドからサウスタウンブリッジは目と鼻の先だ。クルマなら10分もかからない。
「でも残念ね」
 アルバの答えを待たず、マダムはゆっくりとかぶりを振った。
「あなたにはこれからやってもらいたい仕事があるの」
「仕事――ですか?」
 マダムの指示にしたがって走らせたベントレーは、築数十年を閲したレンガ造りのビルが建ち並ぶ、サウスタウンの古きよき時代を今に伝える骨董街に入っていた。この街角の独特の風景を好んで芸術家志望の若者たちが数多く集まることから、一名をリトル・モンマルトルとも呼ばれている。
 しかし、アルバが知るかぎり、この界隈にマダムやその親族が経営する店はない。
「マダム、寄るところとおっしゃったのは――」
「そこで停めてちょうだい」
 アスファルトではなく、石畳によって舗装された通りの路肩にベントレーを停め、アルバは車外を見回した。
 広く取られた歩道には丸いテーブルがいくつも並び、カフェオレに代わってはやばやとアルコールで身体をあたためている自称芸術家たちの姿が見受けられた。世間の気ぜわしさに背を向けた彼らにとっても、やはり週末の夜は胸躍るものなのだろう。ビジネス街のかまびすしさやスラムの猥雑さ、剣呑さとも縁遠い、ここにはここにしかありえないゆったりとした時間が流れているようだった。
「――――」
 その時アルバは、横合いの細い路地の奥から、黒い服を着た東洋人が近づいてくるのに気づいた。名前は知らないが、アルバも顔は見知っている。店にもよく出入りしているチャイナタウンの男だった。
「ドア、開けてあげて」
「はい」
 アルバが後部座席のロックをはずすと、男はひそやかに車内へと入ってきた。
「どんな感じかしら?」
「事故をよそおって、出会い頭にクルマをぶつけるつもりのようです」
 マダムの問いに、男は訥々と答えた。
「数は?」
「クルマに乗っているのが4人、交差点の近くにもう4、5人ほど待機しています」
「ざっと9人、ね」
「こちらは私を含めて3人ですが、相手はガキばかりです。小姐にお命じいただければ、すぐにでも――」
「わたしたちがそこまでする必要はないわ。我々チャイナタウンは、どこか特定のギャングと敵対することも、結託することも、避けなければならないのだから」
 男と意味深な会話を続けていたマダムは、アルバに視線を向けた。
「――これはあなたの仕事よ、アルバ」
「どういうことです?」
「ここからは歩きで行きましょう」
 マダムはさっさとベントレーを降りると、先に立って歩き出した。
 アルバたちが歩いているメインストリートをこのまま東へ向かえば、ほどなくサウスタウンブリッジにいたる。セントラルシティからイーストアイランドに入り、サウスタウンブリッジへと行くには、この骨董街を抜けていくのがもっとも近い。
「あのクルマです」
 同行していた男の言葉に、マダムが足を止めた。
 メインストリートと直交する通りを少し奥に行ったところに、スクラップ寸前の大型車が停まっている。通りをはさんだここからではよく判らないが、そのクルマには柄の悪そうな男たちが数人、何をするでもなく乗り合わせているようだった。
「間違いないのね?」
「はい」
 マダムは細い手首に巻いた腕時計を確認し、したり顔でうなずいた。
「アルバ、あなたの修行の成果を見せてちょうだい」
「は……?」
「あそこにいる連中を片づけて。できれば5分以内に」
 アルバは目を細めてマダムの顔を見返した。ずいぶんと子供っぽい、いたずら好きな少女のような笑みを浮かべてはいたが、しかし、その瞳を見るかぎり、マダムが冗談をいっているようには思えない。マダムは本気であの男たちを片づけろといっているのだった。
「理由を……お聞きしてもよろしいですか? まさか見た目が気に食わないから片づけろとおっしゃったわけではないのでしょう?」
「あれは〈ブラーズ〉の連中よ」
「〈ブラーズ〉の?」
「どうやらここで誰かを待ち伏せしているみたいね。――ここまでいえば判るかしら?」
「――――」
 アルバの脳裏に陽気な弟の笑顔がよぎる。
「マダムのおっしゃりたいことは判りました。……ただ、なぜあなたがここまでしてくれるのかが私には判りません」
「今度機会があったらフェイトに聞くといいわ」
「フェイトに?」
「〈ブラーズ〉の動きが妙だから、せめてアルバに、それとなく弟くんを気遣うように伝えてやってくれって――わたしにそう頼んできたのよ。今の彼の立場では、それが精一杯のフォローだったんでしょうけど」
「フェイトがそんなことを……」
「もっとも、ここまであれこれ手を回して調べ上げたのはわたしの独断よ。フェイトはここまでやってくれとはいわなかったし」
 マダムは肩をすくめて赤い唇を吊り上げた。
「――長老たちがどう考えているかは知らないけど、少なくともわたしはあなたの将来性を買っているわ。あなたはいずれ、フェイトをささえてこの街のギャングたちを束ねる存在になる。そんな予感がするのよ」
「何といっていいか……買いかぶりですよ、マダム。私はそんなたいそうな人間じゃない」
「別にいいのよ。わたしがそうしたかっただけ。――ほら、いいから早く行きなさい」
「はい」
 ドライバーズグローブをきつくはめ直し、アルバはマダムに一礼して歩き出した。
 ギャラリーたちの前では不正行為ができなくとも、ギャラリーのいないところでならどうとでもなる――いかにも狡猾な連中の考えそうなことだが、ある意味で純粋なソワレでは考えもしないことだろう。
 ソワレは〈ブラーズ〉との約束を馬鹿正直に守り、時間通りにサウスタウンブリッジへと向かう。だが、その途中で“事故”が起これば、ソワレは闘いに間に合わない。〈ブラーズ〉はソワレが恐れをなして逃げ出したと喧伝し、悠然と勝利宣言を口にする――おそらくそんなシナリオが書かれているのに違いない。
 要するに、〈ブラーズ〉には最初からソワレとまともに勝負する気などなかったということだ。
「なら、無理矢理にでもまっとうな勝負にしてやろう」
 アルバは胸のポケットに伊達眼鏡を押し込み、暗がりでアイドリングを続けるオープンカーに歩み寄った。
「――すまないが」
「あン?」
 運転席にいた巨漢に声をかけ、アルバは右手を掌底の形に開いた。
「どうやら9対1の変則マッチ、それも制限時間は5分しかないらしい。やり口としては少々無作法になるかもしれないが、この際目をつぶってもらおうか」
「あァ!? てめえ、何ワケの判ンねえこといってやがんだ!? いいからあっち行って――」
 胴間声でアルバを追い払おうとした巨漢は、前歯をまき散らして一撃で昏倒した。薄い笑みを消し去ることなく、アルバの右の掌底が、鋭いフックとなって巨漢の顔面にめり込んだのである。
 さらにアルバはハンドルの脇へと手を伸ばし、エンジンを切ってキーを引き抜いた。
「てめえ!?」
 後部座席の男たちが、キーを遠くへ投げ捨てたアルバに襲いかかった。
「ふん――」
 アルバは真っ先に飛びかかってきた男を高々と振り上げた足で迎撃し、そのまま後方へと叩き落とした。アスファルトの上で息を詰まらせた男のみぞおちに、すかさず追い討ちの蹴りを突き立てる。
「ぐは……っ」
 たちまち動かなくなった男を一瞥したアルバの横顔が、古い街灯のちらつく明かりの下で冷たく笑っている。ソワレのようにストリートファイトに興じることこそなかったが、いざ闘うとなれば容赦はしないのが、アルバ・メイラの強さであり怖さであった。
「こいつ、まさか〈サンズ・オブ・フェイト〉の――」
「無駄口が多い」
 座席の足元から鉄パイプを取り出そうとした男の側頭部をハイキックで蹴り抜きながら、アルバは視界の隅にこちらへやってくる数人の人影を認めていた。おそらく別の場所で待機していた仲間たちだろう。
「シッ!」
 最後にオープンカーから降りてきた男が、アルバの胸もとへとジャックナイフを突き込んできた。
「そういうものに頼っているから間合いの見切り方が甘くなる――」
 みずからをいましめるかのように呟き、アルバは男の突きをかわしてその右腕を腋の下へとかかえ込んだ。
「ぐぁッ」
 躊躇することなく男の肘をへし折り、こちらへ駆けてくる一団に向かって蹴り飛ばす。よろめく男の陰に隠れるようにして、アルバは極端に低い姿勢で走った。
 オープンカーの男たちは、不意をつくことで一気に押し切ることができたが、最初から闘うつもりで駆けつけてくるあの男たちに対してはそんなアドバンテージはない。このまま囲まれてしまうと厄介だった。
「武器を持った男9人をひとりで5分――これで怪我をしても、たぶんマダムはバイトを休ませてくれないだろうな」
 自嘲気味に苦笑し、アルバはアスファルトを蹴って跳躍した。

      ◆◇◆◇◆

 あくび混じりにサウスタウンブリッジへとやってきたソワレを見て、シーモアの表情が凍りついた。そばにいたスキンヘッドたちも、まるで信じられないものでも見たかのように目を見開いている。
 くきくきと首を回しながら、ソワレはシーモアにいった。
「……オレの顔に何かついてんのかい?」
「――――」
 シーモアはわずかに唇を震わせただけで何も答えなかった。
 ソワレは飲みかけのミネラルウォーターのペットボトルをノエルに手渡し、いぶかしげに眉をひそめた。
「あんた……ボクサーだろ? バンテージも巻かないでいいのか?」
 握り締めた拳で闘うシーモアは、そのためのバンテージもグローブも用意せず、それ以前に上着すら脱いでいなかった。予定より5分早く来ただけのソワレですら、軽くステップを踏んでウォームアップを始めているというのに、もっと早くからここに来ていたはずのシーモアにはまったくその気配がなかった。
「……オレ相手にゃウォーミングアップもいらねえってかい?」
 屈伸をしながら、ソワレが目を細めて笑う。
 ソワレがこういう表情を見せる時は、静かに腹を立てていることが多い。つき合いの長いノエルやギャラガーは、そういうソワレの性格をよく知っていた。
 早くもヒートアップし始めたギャラリーの歓声にまぎれるように、ノエルはそっとギャラガーに耳打ちした。
「なあ、あのシーモアってヤツ、どんだけ自信あるのか知らねえけど、ソワレをナメすぎてんじゃねえか?」
「いや……あれはソワレをなめているというより、ソワレがここに現れたのが予想外だったって顔だな。だからウォーミングアップもしてなかったんじゃないのか? シーモアだけじゃなく、周りの取り巻きの連中まで浮き足立ってるしな」
「ソワレがここに来るとは思ってなかったって……どういうこったよ? ソワレが逃げるとでも思ってたのか、あいつら?」
「ああ……! そうか、そういうことか――」
 ギャラガーは怪訝そうな表情を笑みに崩し、拳を叩き合わせた。
「え? 何だよ、おい?」
「ひょっとするとシーモアは、ソワレがここへ来れないように、何か小細工をしていたんじゃないのか?」
「小細工?」
「何もシーモアは、ソワレとまっとうに勝負して勝つ必要なんかないんだ。ソワレが時間通りにここへ来なけりゃシーモアの不戦勝、それだけで〈ブラーズ〉は、おれたち〈サンズ・オブ・フェイト〉に勝ったと喧伝できるんだからな」
「いや、だってオレら、こうして遅刻もせずに来てるじゃんかよ?」
「だから、それがシーモアたちにとっては予想外だったってことだろ? 連中はどこかでおれたちを足止めしようとしていたのに、なぜかそいつがうまくいかなかった……たぶんそんなところじゃないのか?」
 シーモアたちの小細工がしくじったのは、おそらくフェイトが裏で手を回してくれたからだろう。ようやくギャラガーは、きのうのフェイトの言葉が理解できた気がした。
「いずれにしても、こうしてハンデなしで向かい合えば、あとはおたがいの実力だけがものをいうからな」
 ソワレがシーモアと闘うことにずっと懸念をいだいていたギャラガーは、それがまったくの杞憂だったということを思い知った。いつもと変わらない自然体でこの場に臨んだソワレと、最初から闘うつもりなどなく、そのために弄した小細工が不発に終わって動揺しているシーモアとでは、この闘いに対する気構えがまるで違っている。
 ソワレのもとを離れてギャラリーたちの中に溶け込んだギャラガーは、ノエルに尋ねた。
「ノエル、おまえ、ソワレにいくら張った?」
「あり金全部」
「そりゃよかった」
 ノエルの持っている金などたかが知れているが、今夜のソワレに賭けるかぎり、損をすることはないだろう。そのほとんどが愛車の修理代に消えるとしても、賭けに負けてさらに金欠になるよりははるかにいい。かくいうギャラガーも、実はソワレに大きく賭けている。
「いや――修理代より酒代に消えちまうかな? 何しろシャーリィのとこにツケが溜まってるからな、みんな」
 レフェリーの掛け声と同時にはじかれたように飛び出していったソワレを見て、ギャラガーは楽しそうに目を細めた。
 ソワレが負けるということは、もはや微塵も考えていなかった。

      ◆◇◆◇◆

 ジャケットをはおってアパートを出たアルバは、向こうからあくびを噛み殺しながら歩いてくる弟に気がついた。
「モルゲン、ソワレ。きょうも朝帰りか?」
「お、兄貴!」
 どこか眠たげな顔をしていたソワレは、アルバの声に慌てて口を押さえた。
「兄貴、きょうは日曜だろ? ガッコが休みなのに、こんな朝早くからどこ行くんだ?」
「オーナーに呼ばれてちょっと店のほうに顔を出してくる。昼すぎには戻るよ」
「そうだ、それで思い出した! ギャラガーから聞いたんだけど、兄貴、黒服に出世したんだって?」
「ああ」
「へえ……兄貴がはたらいてるような店でも、やっぱタチの悪い客がケンカしたりすんのか?」
「おいおい、黒服といっても用心棒のことではないぞ?」
 どうもソワレは、バーやクラブのエントランスを守っている黒服と勘違いしているらしい。アルバは苦笑しながら眼鏡のレンズを磨いた。
「――あれ? 兄貴、その手首のとこ、どうしたんだ?」
「ああ、これか」
 袖口に覗いた包帯を一瞥し、アルバは唇を吊り上げた。
「調理場に出入りしている時にちょっとな」
「大丈夫かよ、おい?」
「もっとひどい怪我ならオーナーから見舞金なりもらえたのかもしれないが、幸か不幸かかすり傷だ」
 本当は、〈ブラーズ〉の連中を相手に大立ち回りをした時にできた傷だった。しかし、それをソワレに打ち明けるつもりはない。実際、アルバが負った傷はこれくらいのものだったし、ソワレもシーモアに勝利したと聞いている。
 なら、いまさら余計なことを口にするのは野暮というものだ。
「――そういうおまえこそ、ここに痣ができているぞ?」
 アルバはソワレの顔をまじまじと見つめ、自分の右の顎のあたりを指差した。
「ゆうべの相手ってのがボクサーだったんだよ」
「そうか。もちろん勝ったんだろう?」
「おう。最後にあやうくアッパーを食らいそうになったけどな。肉を切らせて骨を断つ! カウンターのハイキックでKOしてやったぜ」
 痣のあたりを押さえてソワレはにやりと笑った。
「――そうそう、きのうのその試合でけっこうまとまったファイトマネーが手に入ったんだけどよ、今夜はオレが奢るから、たまにはいっしょにメシ食わねえか?」
「今夜? ギャラガーから聞いていないのか?」
「は?」
「今夜は私も久しぶりにフェイトたちのところへ顔を出そうかといっておいたんだが」
「何だよ、ギャラガーのヤツ、そんなことひと言もいってなかったぜ?」
「おまえの試合のことで頭がいっぱいだったんじゃないのか? とにかく、それならふたりで何か手土産でも持って出かけよう」
「いいねえ」
「そうだな……何か適当なものを買って戻ってくるから、おまえも4時までには起きて出かける準備をしておいてくれ」
「OK、そっちは任せたぜ」
 アルバとハイタッチして、ソワレは鼻歌混じりにアパートの中へと消えていく。
 肩越しにその姿を見送っていたアルバは、不意に込み上げてきたあくびを慌てて噛み殺し、ひとつ咳払いをして歩き出した。
 いつもストイックで隙のない男と見られているアルバも、周りに人目がないところでは、こんな顔をすることもあるのである。
 そんなアルバを見て、塀の上のフリードリヒとヴォルフガングが、こちらも大きなあくびをした。

                              ――完――