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とびだせどうぶつの森 QRコード置き場

ここにはおもに『とびだせどうぶつの森』でネオジオキャラになりきるためのマイデザイン用QRコードや、SNK関連の二次創作テキストなどを置いています。髪型や髪色、瞳の色については『とびだせどうぶつの森』の攻略Wikiを参照してください。

『リリィ・カーン危機一髪!』

二次小説 KOF


 すぐそこに高層ビル群を望む某市郊外――。
 勇壮な和太鼓の音が、いやが上にも観客たちのボルテージを上昇させる。
 その時、人々の歓声がひときわ大きくなった。
 リングの四方を囲む頑丈なフェンスを軽やかに飛び越えてきたソワレ・メイラは、テンガロンハットを胸に当てて優雅に――いささかオーバーに――観客たちへ一礼した。
「へへっ、悪くないねえ、この雰囲気」
 不敵にうそぶき、ソワレは自分を見下ろす観客たちをぐるりと見渡した。
 生来、ソワレは派手なことが好きだった。目立つこと、人に注目されることが好きで、そうしたことにプレッシャーを感じたり緊張したりするどころか、逆にそれをステップボードにして、ふだん以上の実力を出すことができる。
 ギャラリーたちの盛り上がりを肌で感じ、それによって自分の気分をさらに高揚させていく――ソワレはそうやって、闘いに対するモチベーションをつねに高くたもち続けることができる。日々の食事や毎秒ごとの呼吸と同じように、それをソワレはごく自然におこなうことができる男だった。

   和太鼓の響きの中にカポエラにつきもののアタバキのリズムを見出したソワレは、それに合わせてウォーミングアップ代わりに軽くステップを踏み始めた。
 するとほどなくして、ソワレが現れた時とは違う種類のどよめきがあたりを押し包んだ。
「――あん?」
 ふと見ると、このリングにはあまりに場違いな、おとなしそうな少女がリングに入ってくる。ピンク色のワンピースに三つ編み、いかにも争いごとの苦手そうな清楚な空気をまとった女の子だった。
 ソワレは軽く口笛を吹いて肩をすくめた。
「この大会には珍しい清純派の登場かい? 嬉しいねぇ」
「いっ、いえっ――」
 ソワレの軽口に、少女は頬を染めてもじもじと身体を揺すった。見れば見るほど闘いとは無縁そうな子だ。
 怪訝そうに首をかしげ、ソワレはあたりを見回した。
「――そりゃそうと、オレのホントの対戦相手は誰なんだい? キミはアレだろ、ラウンドガールってことはないだろうから、花束贈呈役の――」
「あの……わ、わたしです」
「は?」
「で、ですから、わたしがあなたの対戦相手なんです」
「はァ!? マジかよ!?」
 目を丸くして驚くソワレに、女の子はぺこりと頭を下げた。
「わっ、わたし、リリィ・カーンといいます! よろしくお願いします!」
「ちょっ……待ってくれよ! どう見たって素人だろ、お嬢さん!? いくら何でもムチャだぜ! キミみたいな子が相手じゃ――」
「す、すいません! でも、兄を真人間に戻すにはこれしか方法がないんです!」
 顔を上げたリリィの手には、いったいどこから取り出したのか、細長い物干し竿が握られていた。
「おじょっ――」
「えいっ!」
 ごんっ!
 試合開始を告げるゴングと同時に、ソワレの脳天にステンレス製の凶器がめり込んだ。

「いつつつつ……」
 気を失っていたのはほんの数秒間だったのだろう。リングに大の字になって伸びていたソワレは、じんじん痛む頭を押さえて身を起こし、心配そうな顔をしているリリィを見上げた。
「あ、あの! だっ、大丈夫……ですか?」
「ああ……相手がカワイコちゃんだと思ってつい油断しちまったぜ――って、えぁ!?」
 頭を振って立ち上がったソワレの目に、オーロラビジョンに映し出された試合結果が飛び込んできた。
 0分1秒、リリィ・カーンのKO勝利――。
「うっ、ウソだろ、おい!? オレはまだやれるぜ!」
「そ、そんなこといわれても……」
 物干し竿を抱き締め、リリィは困ったように後ずさった。
 いかに短時間であろうと、ソワレが開幕直後のリリィの一撃を食らってリングに崩れ落ちたことは事実である。失神KOとみなされても仕方がない。
 が、脳天の痛み以外にこれといったダメージを自覚していないソワレとしては、納得がいかないのもまた事実だった。
「ちょ、ま、待った! 今のナシ! もういっぺんオレと勝負してくれよ! な! な!」
「い、嫌です!」
「そんなこといわずに頼むよ、リリィちゃん!」
「嫌ったら嫌です!」
 ごすっ!
「うぐふっ!」
 リリィが突き出した竿の先端がみぞおちを直撃し、苦悶の呻きをもらしてひざまずくソワレ。
「ごっ、ごめんなさい! でも、わっ、わたし、もう行かなきゃ!」
「ちょっ……!」
 弱々しく震える手を伸ばして何かいいかけたソワレをその場に残し、勝者リリィは逃げるようにリングを飛び出していった。

      ◆◇◆◇◆

 エッフェル塔の影が、パリの夕日を受けて長く伸びていた。日没とともにオレンジ色のライトによって照らし出されるこの塔も、今はまだ、黄昏の空に黒く馴染んでいる。
 セーヌ川の上を渡って吹き寄せてきた風が、いたるところに張りめぐらされた万国旗をはためかせた。
「やれやれ……みんなよっぽどヒマらしいな」
 100年以上も前に建てられたヨーロッパで一番高名な鉄塔も、KOFにかかれば激しい闘いの場のひとつと化してしまう。そんなところで闘うほうも闘うほうだが、わざわざここまで見にくるほうも見にくるほうだ。
 試合前からエキサイトしているギャラリーたちをかき分けて現れたテリー・ボガードは、背の高いフェンスを器用に駆け登り、第1テラスの高さに吊り下げる形で用意された特設リングに飛び乗った。
 KOFの顔ともいえる放浪の格闘家の登場に、エッフェル塔が震動するかと思えるほどの歓声が沸き起こる。
 だが、当のテリーは、先にリングインしていた対戦相手に気づくと、トレードマークの赤いキャップを押し上げて唖然とした。
「き、きみは確か、ビリーの――」
「いつも兄がご迷惑をおかけしてすいません、テリーさん」
 テリーに向かって深々と一礼するリリィ。テリーはあたりを見回し、リングの中に自分と彼女しかいないのを確認すると、眉をひそめて尋ねた。
「……まさかその物干し竿で俺と闘うつもりでここへ来たのかい?」
「はい!」
 リリィはぴょんと後ろへ飛んで物干し竿を構えた。
「おいおい、冗談だろ? どうしてきみみたいな子が、こんな物騒な大会に出る必要があるんだ?」
「兄を捜して、家に連れ戻したいんです!」
「ビリーを……?」
「兄を真人間にするために、わたしは兄がいるところまで勝ち上がらなきゃいけないんです!」
「ちょっと待ってくれ! どうしてそうなるんだ? 家出息子がプロレスのリングに上がっていたからって、自分もレスラーになって連れ戻そうとする母親はいないだろ!?」
「大丈夫です! 毎日の洗濯で、物干し竿のあつかいにはこれでも自信があるんです!」
「そ、そういうことをいってるんじゃなくてだな、俺がいいたいのは――」
「問答無用です! えーい!」
 ごんっ!
 試合開始を告げるゴングと同時に、テリーの脳天にもステンレス製の凶器がめり込んだ。

「いっつー……」
 キャップを脱ぎ、テリーはリングにへたり込んだまま頭を押さえていた。
 誰が相手だろうと油断はしない、というのは相手がまっとうな格闘家の場合の話で、さすがにリリィのような素人の少女を相手に拳を握るわけにはいかなかったのだが、その素人にまさか一撃で敗れ去るとは、テリーにとっても完全に予想外だったに違いない。
 いったいいつの間にこれほどの手練れとなっていたのか――かよわい見た目に反して、物干し竿を手にしたリリィの強さは、ビリーのそれに匹敵するかもしれないとテリーには思えた。
「あの……すいません、テリーさん!」
 テリーを気遣っていたリリィが、申し訳なさそうに頭を下げた。
「でもわたし、どうしても兄のところへ行きたくて――」
「……気にすることはないさ」
 膝に手を当てて立ち上がったテリーは、ジーンズについたほこりをキャップで払って苦笑いした。
「正直、きみがここまでやるとは思ってなかったよ。……だが、きみがその覚悟でぶつかっていけば、あのガンコな兄貴も目が醒めるかもしれないな」
「……はい!」
「Good Luck!」
 嬉しげにうなずいて走り去る少女を笑顔で見送るテリー。
「おまえにゃできすぎの妹さんだぜ、ビリー……」

      ◆◇◆◇◆

 レトロな電子音が渦を巻く広大なサイバースペース
 ここを訪れる者は誰であろうと、そのイントロを耳にしただけで、何ともいえぬ郷愁に胸を打たれるに違いない。
ネオジオランド〉――。
 人はそこを“聖地”と呼ぶ。
 何の聖地かはともかく、ここにつどう人々は、古きよき時代を振り返ってしばしの追憶にふける。
 ――が、この少女にそんな心の余裕はなかった。
「いったいどこにいるのかしら、兄さん……」
 ゲームセンターという名で呼ぶにはあまりに広すぎるホールの中央に、金網で仕切られた白いリングがセッティングされている。恐る恐るそこに足を踏み入れたリリィ・カーンは、ここにも兄の姿がないのを知って肩を落とした。
 イギリスの自宅から兄ビリーの姿が消えた翌日、リリィは物干し竿を1本持って家を飛び出した。
 おそらく兄は、ふたたびあの世界に舞い戻ってしまったのだろう。これまで面と向かって問い詰めたことこそないが、リリィとてもはや幼い少女ではない。ビリーが誰の下で、どういうたぐいの仕事についているか、うすうすは感づいていた。
 ただ、ビリーがそうした危険で後ろ暗い仕事に手を染めているのが、自分との生活を守るためでもあると判っていたから、リリィには一方的にビリーを責めることはできなかった。ビリーがまともな日常生活では決してつくはずのない傷を負って帰ってくるたびに、身体には気をつけてねと、そんなむなしいひと言をかけてやることくらいしかできなかった。
 だから、その兄が、ようやく自分といっしょにイギリスの片田舎でおだやかな生活を送ってくれることになった時、リリィは涙を流して喜んだものである。
「なのに、どうしてまた出ていってしまったの、兄さん……?」
 鼻の奥がつんと痛くなり、リリィは慌てて涙をぬぐった。
 こんなところで泣いている暇はない。一刻も早く兄と再会して、それこそ首に縄をつけてでも家に連れて帰らなければ――。
 そう思って無人のリングを立ち去ろうとしたリリィの前に、赤と黒のあざやかな影が立ちはだかった。
「――失礼、お嬢さん」
「きゃっ!?」
「私の名はアルバ・メイラ。……あなたに少し聞きたいことがある」
 唐突にリリィの前に姿を現した男――アルバは、特徴的なサングラスを押し上げ、淡々とした口調でいった。
「ゆうべ、サウスタウンのエンジェルストリートで、朱塗りの棍を持ったバンダナの男と日の丸ハチマキをしたトランクス男が酒に酔って大暴れしてね。仲裁に入ろうとした私の仲間が数人、病院送りになった」
「えっ!?」
 その瞬間、リリィの脳裏に、酒場の前で取っ組み合いの乱闘をする兄ビリーとお調子者のムエタイチャンプの姿がまざまざと浮かび上がってきた。
 間違いない。
 ビリーは今、サウスタウンにいるのだ。
 ようやく兄の手がかりを掴んで決意をあらたにしたリリィに、アルバがいった。
「……きみは、確かあのバンダナの男の身内だったな?」
「えっ? あ、はっ、はい、妹です……けど――」
「そうか……」
 アルバは大きくうなずいて身構えた。
「妹のあなたに、兄に代わって罪を償えとはいわない。……だが、私たちのシマを荒らして行方をくらませた男をこのまま放っておくこともできないんでね。おとなしく彼のところへ案内してもらえると助かるんだが」
「そっ、そんなこといわれても――わたしも今、あ、兄を捜しているところで……」
「ほう……? そのわりにはどこかへ急いでいたようだが――詳しい話を聞かせてもらいたいな」
「ごっ、ごめんなさい!」
 びゅっ!
 三たびリリィの物干し竿が唸りをあげ、アルバの脳天を襲う!
 だが、アルバに油断はなかった。
「……甘いな」
 ステンレス製の凶器をさばいて脇にそらし、アルバはリリィの懐へと踏み込んでいった。
「雷方――」
「いや~っ!」
 アルバみずから、自分でもかわせないと自画自賛するほどのタイミングで繰り出したはずの一撃が、リリィの持つ物干し竿によって受け止められていた。
「何っ!?」
 サングラスの奥で、アルバの瞳が驚愕に見開かれる。
 その直後、リリィの反撃がアルバにクリーンヒットした。
 それも、1発や2発ではない。
 甲高い悲鳴をあげながら、リリィは何度も何度も物干し竿を振るった。
「ば、馬鹿な――っ!」

 リングに倒れ伏したアルバが、苦しげに呻いている。
「くっ……わ、私としたことが、相手の可憐さに油断したか……」
「ご、ごめんなさい」
 大活躍の物干し竿を背中に隠し、リリィはそろりそろりと後ずさった。
「わたしのほうからも兄にはよくいっておきますから……本当にごめんなさい!」
 それだけいって、脱兎のごとく駆け出す。勝者とは思えない退場の仕方だった。
 巨大なゲームセンターをあとにして、リリィは思った。
「そうよ……このままじゃいけないわ、兄さん! 絶対にわたしが真人間にしてみせる!」

      ◆◇◆◇◆

 かつてこの街に、おのれの野望に殉じた男がいた。
 天に挑むかのごとく高くそびえる城を築き、そこから下界のすべてを睥睨して、逆らう者をことごとく葬り去ってきたその男は、その城から下界に身を投じることで、みずからの生涯に幕を降ろした。
 爾来、ここに住む者はいない。
 しかし今、あるじを失って久しい廃城の天守閣に、同じくあるじを失った男が、ひとり静かに立ち尽くしていた。
「ギースさま……」
 荒れ果てた板張りのフロアの中央に立つビリー・カーンは、朱塗りの三節棍を片手に、誰にいうでもなくひとりごちた。
「たぶんアンタは、こんなオレを笑うに決まってるでしょうが……それでもオレにゃガマンがならねぇんですよ。この街が誰のものなのか、オレはそれをアイツらに――」
 胸の奥で無理矢理押さえつけていた思いをゆっくりと吐き出し、握り締めた拳を震わせるビリー。
 とその時、仁王像が見下ろすフロアに駆け込んでくる小さな足音が響き渡った。
「やっぱりここにいたのね、兄さん!」
「おっ、おまえ――リリィ!?」
 反射的に振り返った視線の先に、イギリスに置いてきたはずの妹リリィの姿を認め、ビリーは驚きに目を見開いた。しかもリリィは片手に長い物干し竿を持ち、眉をきりりと吊り上げ、唇をきゅっと引き結んでいる。
 そのいでたちを下から上まで眺め渡し、ビリーはいぶかしげにもらした。
「ど、どうしておまえがここに……?」
「そんなのどうだっていいじゃない。――それよりほら、イギリスに帰ろ?」
 リリィはつかつかと兄に歩み寄ると、その手を掴んで歩き出そうとした。
 だが、ビリーははっと表情を険しくすると、妹の手を振りほどいて背を向けた。
「そうはいかねえ! 帰るんだったらおまえだけ先に帰りな。オレには……まだやらなきゃならねえことがあるんだよ」
「何なの? いったい何をするつもりなの、兄さん?」
「あの野郎……テリーだけは、絶対にこのオレの手で――」
「テリーさんならわたしが倒してきたわ!」
「――はァ!?」
 まぶたに浮かぶテリーの姿に向かって長く伸ばした三節棍を振り降ろそうとしていたビリーは、即座に切り返してきたリリィのその言葉に、バランスを崩してあやうく転倒しそうになった。
「たっ、倒してきたって、おまえ――え? おまえがテリーを倒しただと!?」
 ビリーが慌てて問いただすと、リリィは少しく誇らしげに竿を回転させて自信たっぷりにいい放った。
「毎日の洗濯で鍛えたこの物干し竿さばき、なかなかのものなんだから!」
「てっ、テリーのヤツは甘ちゃんだからな! おまえを相手に本気を出せなかっただけに決まってる!」
 ビリーは気を取り直し、大きく深呼吸した。
「……だが、そういうことなら、ひとまずテリーの野郎は見逃してやる。いつか決着はつけてやるけどな」
「じゃあ兄さん――」
「だがなァ! 今この街を我が物顔で仕切ってる小僧どもにも、ここがギースさまの街だってことを思い知らせてやらなきゃならねェんだよ! 手始めに、似てねえ双子の弟のほうの……あー、えーと……」
「ソワレさん?」
「それだ! まずはそいつをこの三節棍で――」
「ソワレさんもわたしが倒してきたわ!」
「何ィ!?」
「毎日の洗濯で鍛えたこの物干し竿さばき――」
 さっきと同じことをいいながら、くるくると竿を振り回すリリィ。確かにその動きはよどみなく、まるで中国拳法の達人のそれを思わせた。
「じゃ、じゃあまさかおまえ……あ、兄貴のほうの、あの、ヘンなサングラスの――」
「アルバさん?」
 兄の問いにそう聞き返したリリィは、振り回した竿の先端にすさまじい冷気をまとわせながらにっこり微笑んだ。
 それを見てすべてを悟ったビリーは、三節棍を放り出して頭をかかえ、
「いっ、妹が世界最強になっちまったぜ! いったいオレはどうすりゃいいんだ!?」
「ふふっ、イギリスに帰って真人間になればいいんじゃない?」
 がっくりと膝をついた兄の後ろ襟を掴み、リリィは歩き出した。
「まっ、待て、リリィ! お、オレにはほかにもまだやることがあるんだ! たとえばその――そっ、そうだ、あの邪魔っ気な赤毛野郎とか、こ、この街にちょっかいを出してきやがった妙な組織とか、そのトップにいるキモいインドネシア人とか、いろいろと――」
「大丈夫! みんなわたしが面倒を見てあげるから!」
 いつの間にこれほどの力を手に入れたのか、いくらビリーがもがいても、リリィの手を振りほどくことはできない。そのままずるずるとサウスタウンの大通りを引きずられていくビリーは、次第に遠ざかっていくギースタワーに手を伸ばした。
「ぎっ、ギースさま! ――だっ、誰でもいい! 誰かリリィをどうにかしてくれーっ!」

      ◆◇◆◇◆

「ふふふふ……にいさんたら、わたしがいなきゃ何もできないんだから……」
 パジャマの上からナイトガウンをはおっただけの恰好で、少女は暗いキッチンのテーブルに突っ伏したまま眠っていた。聞き取りにくい声で寝言をつむぐその口もとはかすかな笑みにゆるんでいたが、それでも、頭を乗せた手の甲には、かすかに涙の痕が残っている。
 この少女は、帰らぬ兄を思って涙を流しながら、どれだけの夜をすごしてきたのだろうか。泣き濡れたまま眠りに就いたことも一度や二度ではないだろう。
 それを思うと、狂犬とさえ呼ばれた男も、胸にこみ上げてくるものを感じないではいられなかった。
「へっ……寝ながら笑ってやがる……何か面白ェ夢でも見てんのか?」
 妹の頬をそっと撫でたビリー・カーンは、血で汚れた自分の手に気づくと、苦笑混じりにバンダナをはずして両手をぬぐった。
「しかし、ま……」
 汚れたバンダナで三つ折りにした三節棍をまとめてテーブルに置き、ビリーは妹の向かいの椅子に腰を降ろした。明け方のキッチンはしんと静まり返り、かすかな椅子のきしみさえやけに大きく聞こえる。
 妹が起きる前にと、ビリーはゴロワーズに火をつけ、溜息とともに苦い煙を吐き出した。
「…………」
 数々の強敵と戦ってきた身体は満身創痍で、タバコを吸うだけの動きにも鈍い痛みがともなう。
 だが、その痛みとは裏腹に、ビリーの心はおだやかだった。少なくともこれで当分の間は、妹といっしょにすごしていける。妹を泣かせずにすむ。
「今回のは……せいぜい利子ってところだぜ、テリー……いつかかならず、きっちり取り立ててやる」
 妹の寝顔を見つめてひとりごちたビリーは、いくぶん短くなったゴロワーズをシンクに投げ入れると、急にのしかかってきた重い睡魔に耐えかね、崩れ落ちるようにしてテーブルに突っ伏した。
                                ――完――