とびだせどうぶつの森 QRコード置き場

ここにはおもに『とびだせどうぶつの森』でネオジオキャラになりきるためのマイデザイン用QRコードや、SNK関連の二次創作テキストなどを置いています。髪型や髪色、瞳の色については『とびだせどうぶつの森』の攻略Wikiを参照してください。

『士道残影』


 アメリカ駐日総領事ハリスと幕府との間に締結された日米修好通商条約により、日本は、下田、函館に続いて、新たにこの兵庫をはじめとした七つの港を国外へ向けて開放することとなった。
 安政五年――西暦一八五八年というから、今から六年ほど前のことである。
 それ以来、兵庫の港で黒船の偉容を見るのはさして珍しいことではなくなっていた。居留地には少ないながらも異国の商人たちがつねに逗留しており、横浜ほどではないにしても、ここが日本でもっとも海の外に向けて開かれた町のひとつであることに間違いはあるまい。

  領事裁判権を盾にした外国商人たちに牛耳られているとはいえ、やはり貿易というのは儲かるものらしい。この兵庫にも、言葉の壁を越えて異人との取り引きをしようという商魂たくましい商人たちが、次々に店を開いていた。
 町には荷車が行き交い、紅毛碧眼の米国人が飼い犬を連れて散歩し、かと思えば辮髪の中国商人が日本人と英国人の間に立って通訳をしたりしている。江戸や京などではついぞ見ることのない洋風の商館も多く、町全体が貿易港らしい溌剌とした活気にあふれていた。
 そんな港町の、ここはさすがに異国情緒の薄い遊廓近くの茶屋で、年の頃三〇ほどと見える総髪の侍が、むっつりと気難しげな顔をして茶をすすっていた。
 着流し姿に一本差しというそのいでたちは、真っ当な侍というよりはどこぞの浪人のように見えなくもなかったが、着ているものはわりと上等で、特に食い詰めているという気色でもない。
 ただ、その素性はどうあれ、左の頬に入った十文字の刀傷と、ついと伏せた眼光の鋭さが、この男が太平の世に慣れきった腑抜け侍ではないことを雄弁に物語っていた。
 さもありなん、この鷲塚慶一郎という男、実はあの新撰組の――しかも、鬼の副長こと土方歳三に直属する隊士なのである。
 副長の手足となって内偵を進めるのがその主たる任務であったが、似たような役どころである監察と大きく違うのは、鷲塚が単独での隠密行動をもっぱらにしているという点であった。文字通り副長の耳目と呼んでもいいだろう。鷲塚に下知を下せるのはただ副長のみであり、鷲塚が報告の義務を持つのも副長に対してのみであった。
 そして、この鷲塚慶一郎という男は、時には同僚の目さえたばからねばならない孤独な任務に耐えうるだけの力を、確かに持っていた。そういう意味では、鷲塚は非の打ちどころのない隊士といえるだろう。
 もっとも鷲塚自身は、そんな自分のことを、古臭い人間――古臭い侍なのではないかと思うようになっていた。
 清廉に生き朴訥に生き、剣の道ひとすじに生きる侍などというものは、太平の世が長く続くうちに、とうの昔に死に絶えていた。新撰組の理念は、失われたはずのその士道に生き、忠を尽くし国に報い、佐幕に徹して公武合体を推し進めるというものであったが、数多い隊士たちの中にそれだけの気概を本当に持っている者がどれほどいるか、はなはだ怪しいといわざるをえない。
 もちろん鷲塚は、自分にはその気概があると思っていたが、しかし同時に、それがもはや時代の波に乗り遅れた考えだとも思っていた。
 事実、海の向こうからやってくる異人たちの黒船に対しては、侍の持つ刀など何の役にも立ちはすまい。
 いつか――おそらくそう遠くないうちに、戦の主役は、鉄を叩いて延ばしただけの刃物から、異国製の火器へと取って代わられるだろう。今は常勝無敗の新撰組も、いつかかならず一敗地にまみれるに違いない。
 役目柄、世情の大きな動きをじかに目にすることの多い鷲塚には、遠からず刀と武士の時代が終わることが、それとはなしに判っていた。
 新撰組がやっていることは、その大きな時流に逆らうおこないであった。幕府とともに滅びゆかんとするなど、のちの世の人々から見れば、おそらくは、哀れとも滑稽とも見えるふるまいなのかもしれない。
 ただ、それでもかまわないと、鷲塚は考えている。
 滅ぶも興るも世の定め、ただおのれの信念にしたがって忠義をつらぬくことこそが、鷲塚にとっての生きる意味であった。
 侍の美学――などと仰々しくいい立てるほどのものではない。意地とでもいえば判りやすいだろう。
 新撰組という集団の中に自分の居場所を見つけた以上は、この命果てるまでそれに尽くすのが鷲塚の意地、生きる道であった。
「…………」
 鷲塚はちらりと目線を上げ、甍の波の向こうに立ち昇る白い煙を見やった。入航している黒船が吐き出した煙だろう。
 鷲塚は、異国人に対する偏見はあまりないほうだったが、それでも、自分たちの国の中で我がもの顔をされればあまりいい気はしない。その不機嫌さが、鷲塚の眉間にしわとなって現れた。
 そんな鷲塚の顔に気づいたのか、湯飲みを下げに出てきた店の娘が、恐る恐るといった調子で尋ねた。
「……あの、何ぞお気に障ることでも……?」
「いや、そういうわけではない」
 鷲塚は慌てて顔を笑みに崩し、かぶりを振った。
「――ところで、ひとつ尋ねたいことがあるのだが」
「はい?」
「実は人を捜している。このあたりで――」
 こんないい方をしたら怒るだろうと思いながら、鷲塚は言葉を継いだ。
「――女のように美しい若者を見なかったか?」
「はあ……お侍はんでっか?」
「そうだ。目元のきりりとしたはたちほどの若侍だが」
 あいにく、店の娘は首を傾げるばかりで鷲塚が欲していた答えを持ってはいなかったが、その代わりに、奥のほうで涼を取っていた駕籠かきが、
「旦那、そらひょっとして、こう――だーっと長う伸ばした髪をざっと束ねた、肌のごっつ白いお侍のことでっか?」
「知っているのか?」
「知っとるっちゅうか……さっき見かけましてん、向こうの峠の方で」
「峠?」
 鷲塚は視線を巡らし、町の北方に横たわる小高い山を見やった。
「……やはりこのあたりに来ていたか……」
 低く呟き、鷲塚は立ち上がった。
「馳走になった」
 床几の上に数枚の銭を置き、鷲塚は刀を差し直して歩き出した。
 港の喧騒を背に受けて賑やかな町の中を抜けた鷲塚は、松の緑に縁取られた細い坂道を登っていった。
 初夏らしい風の渡る峠からは兵庫の港が一望できた。こうして見ると、町が港を中心にして広がっているのがよく判る。港には数隻の黒船が停泊しており、さらに遠くに視線を転ずれば、煙を吐きつつ水平線を進む船影が見て取れる。
 額にうっすらと浮いた汗を拭った鷲塚は、涼やかな影を落とす松の木の下に眉目秀麗な若侍を見つけ、声をかけるのも忘れてしばしその横顔に見入った。
 緑の小袖に錆桔梗の袴を着けた、確かに美しいとしかいいようのない若者である。
 切れ長の瞳には何かを思い詰めたような輝きがあったが、鼻筋や線の細さはまさに年若い娘のように柔らかで、白い練絹のような肌といい桜色にほのめく唇といい、女のみならず男でさえも、ついふらふらと手を伸ばしてしまいたくなほどの美形であった。
 あっさりと紐で結わえただけの黒髪を風にそよがせ、若侍はじっと兵庫の港町を見下ろしていたが、自分を見つめる鷲塚のまなざしに気づいたのか、細い眉をぴくりと震わせて首をめぐらした。その瞳がかすかに揺れたのは、そこに鷲塚の姿を認めたからだろうか。
「……きみか」
 ようやく口を突いて出た言葉も、その見た目に相応しく、娘子のように柔らかでしっとりとしていた。もっとも、当人にはその声が侍にしては細すぎるという自覚があるようで、努めて低く落としているようにも感じられる。
 周りに自分たちの話を聞いている者がいないのを確かめ、鷲塚はおだやかな笑みをたたえて若侍に歩み寄った。
「――零番隊の組長が単独行動とは感心しませんな」
「…………」
 鷲塚の言葉に何もいい返さず、若侍はただ視線を逸らしただけだった。
「小次郎どの」
 若侍と同じく高みからの港の風景を眺めつつ、鷲塚はそう呼びかけた。
 小次郎――真田小次郎と、この若侍はそう呼ばれている。
 鷲塚と同様、小次郎もまた新撰組隊士のひとりだったが、その美しい顔に似ず、腕は恐ろしく立つ。それだけの力がなければ、新撰組の零番隊を任されることなどなかっただろう。
 新撰組の零番隊は、幕府にさえその存在を知られていない幻の隠密部隊であり、おもに極秘裏の調査や要人暗殺などの任務を請け負っている。真田小次郎はその零番隊を束ねる組長であると同時に、鷲塚が敬愛する古くからの友人でもあった。
 小次郎は鷲塚よりひとつ年上のはずだったが、どう見ても彼より年下のようにしか見えない。呼んでも答えぬ友人に向かって、鷲塚はもう一度繰り返した。
「――小次郎どの、地獄門については何か掴めましたか?」
 それを聞いた小次郎の目が糸のように細められる。
 幕藩体制の揺らぎに大きくかかわっていると思われる地獄門なる存在――その調査こそが、鷲塚や零番隊の現在の任務である。
 だが、辣腕で鳴らした鷲塚にとってさえ、それは容易ならざる難事であった。何しろ地獄門というものは、そのあたりにいる人間を捕まえて聞き込みをすれば手掛かりが得られるというたぐいのものではない。もっと面妖で不可思議な、人知を超えた存在なのである。
 この半年で鷲塚に判ったことといえば、つまりはそういったことぐらいであった。
 どうやら小次郎にしても事情は同様らしく、小次郎はふと目を伏せ、唇を軽く噛んでうつむいた。
「……いや」
「そうですか。……土方先生も小次郎どののことを心配しておられる。一度報告がてらに壬生へ戻ったらどうです?」
「……何の成果もなしにおめおめと帰れというのか?」
 低く呻くような声で小次郎が呟く。声色に無念の色がにじみ出ていた。
「地獄門の探索なれば、私も土方先生から直々の命をうけたまわっております」
「なら、その一件はきみの好きなようにやりたまえ」
「……どういうことです?」
 今度は鷲塚が目を細める番だった。
「小次郎どの、それは――」
「拙者は拙者で好きなようにやる。きみも好きにやりたまえ」
「……やはり、あなたは――」
 ぐっと息を詰め、鷲塚は小次郎の横顔を凝視した。それから長々と息を吐き、あらためて口を開く。
「かお――」
「――鷲塚くん」
 鷲塚の言葉を途中で遮り、小次郎は同輩を顧みた。まっすぐに鷲塚を見返してくる双眸には、やはり何かを深く思い詰めているような、そんな強い意志の輝きがちらついている。
「……何もいわず、拙者の気持ち、酌んではくれぬか?」
「…………」
「……それとも、その腰の差料を抜いてでも拙者を止めるか?」
 鷲塚の左手がさりげなく刀の鞘に添えられていたのを見逃さず、小次郎がそうつけ足した。
「いや」
 鷲塚はあっさりと刀から手を離し、両手を袖の中に差し込むようにして腕を組んだ。人目がないとはいえ、こんなところで抜刀するつもりはない。
 こちらもまた刀の柄に手を伸ばしかけていた小次郎は、小さく微笑んでふたたび腕を組んだ。
 苦笑混じりに長々と嘆息した鷲塚は、兵庫の町を眺め、おもむろに口を開いた。
「――近頃あの町で妙な殺しが続いているそうですな。兵庫遠国奉行に出仕する侍たちが次々に襲われ、刀を抜く暇もなく惨殺されているという」
「知っていたのか」
「まあ、一応は。監察の真似ごとなれば、失礼ながら、私のほうが小次郎どのより手慣れておりますゆえ」
 少しく驚いたような小次郎の表情を見て、鷲塚は口もとにしわを寄せた。だが、その笑みもすぐに消えた。
「斬られた侍の亡骸を見ましたが、いずれも凄まじい手練れの仕業に相違ない。脂が見えるほどに深い傷口が開くのはまだしも、骨まで粉々に砕くなどと、尋常の使い手が尋常の刀で斬ったところで、ああも無惨な姿にはなりますまい。――小次郎どのはご覧になられたか?」
「ああ」
「おそらく、並みはずれた膂力を持つ者が、鉈のように重みのある刃物で叩き斬ったのだろうと、私はそう見ております」
「……拙者もそう思う」
「小次郎どのは、この町でその下手人を追っておられたのか?」
 何気なく鷲塚が尋ねたが、小次郎は何も答えない。ただ、その沈黙は、鷲塚の問いに対する肯定の意味のように思えた。
「この兵庫だけでなく、大阪や明石でも同様の事件が起きている。同じ下手人の仕業と考えてよいでしょう。今のところ侍しか狙われていないからまだよいが、この兵庫には異国人の居留者も多い。もし異国人が殺されでもしたら、幕府に対する風当たりはますます強くなる。地獄門どころの話ではありませんな」
「……何がいいたいのだ、鷲塚くん?」
「その下手人の潜伏先、おおよそのところまでは掴んでおります」
「何!?」
 今度こそ小次郎の顔が、驚愕の色一色に染め上げられた。
「鷲塚くん、きみは――」
 驚きのために次の言葉を継げずにいる小次郎を一瞥し、鷲塚は小さく笑った。年のわりには渋い、まるで小次郎の胸中を見透かすような懐の深い笑みだった。
「私の任務は地獄門の調査が第一義。ゆえに、今までその人斬りにはあえて手を出さずにおりましたが――小次郎どのが世情を騒がす人斬りといずこかで鉢合わせ、なりゆきでそれを斬り捨てることになったとしても、別段おとがめを受けるようなこともありますまい。……そもそも小次郎どのがどこで何をしていようと、私にはそれを土方先生に報告する義務はない」
「鷲塚くん、奴の首を拙者に譲ってくれるというのか?」
 組んでいた腕をほどき、小次郎は深々と鷲塚に頭を下げた。
「……すまぬ」
「礼など無用。……しかし、案内は私に任せていただこう。尋常の立ち会いではないが、それでも見届け人は必要でしょう」
「鷲塚くん、その申し出はありがたいが、助太刀なればそれこそ無用。奴の首は拙者ひとりで――」
「それは判っています。……だが、いざという時には小次郎どのの仇を討つ者も必要となるかもしれません。――異存はござるまいな?」
「――――」
 これから小次郎が相対しようとする人斬りは、零番隊組長である小次郎すらしのぐかもしれぬ――。
 鷲塚の言葉の意味を正確に読み取った小次郎は、唇を軽く噛み締めたまま、ひとつ大きく頷いた。
「……では、人目につかぬよう、今宵、月の昇る刻限にここで落ち合いましょう」
「相判った」
 鷲塚は小次郎に軽く頭を下げ、きびすを返した。
 ひとり松の葉影の下に残った小次郎は、懐から白い一本の鉢巻きを取り出した。かなり使い込んでいると見えて、ところどころに破れたのを繕った跡がある。その鉢巻きを強く握り締め、小次郎はもう一度兵庫の町を見下ろした。
 肩越しにその細い影を見つめていた鷲塚は、静かに嘆息し、峠を下っていった。
 もはや、鷲塚があの若侍にしてやれることは何もない。
                                ――完――