とびだせどうぶつの森 QRコード置き場

ここにはおもに『とびだせどうぶつの森』、『GirlsMode4』でネオジオキャラになりきるためのマイデザイン用QRコードやコーディネイト案、それにSNK関連の二次創作テキストなどを置いています。髪型や髪色、瞳の色については『とびだせどうぶつの森』の攻略Wikiを参照してください。

『不可逆性』


 黒と赤。
 近代文明から隔絶された漆黒の夜の闇と、あざやかな炎、あるいは鮮血。
「……!」
 異変に気づいて母屋へとやってきたシャオロンは、夜の闇の黒さを背負って真っ赤に燃えさかる炎を目の当たりにし、束の間息を止めた。
 赤と黒の世界の中で、無数の骸が静かに焼き尽くされていく。鼻を突くこの異臭が何なのか、想像するだにおぞましい。しかしシャオロンは、歩みを止めることなく炎の中を進んだ。
 母屋の一番奥、主人たちの寝室へと足を踏み入れたシャオロンは、女がひとり、床の上に転がっているのを見た。
「奥さま――」
 いつもシャオロンをさげすみのまなざしで見ていた険のある美貌が、今は血の気を失い、意味もなく天井を見上げている。わざわざ近寄って確かめるまでもなく、そのみぞおちに開いた赤黒い大穴を見れば、女がすでに絶命しているであろうことは明らかだった。

  シャオロンは恨みがましく見開かれていた女の目をそっと閉ざすと、胸のうちで手を合わせ、すぐに立ち上がった。
 どこからかかぼそい泣き声が聞こえてくる。この地獄の中でまだ生きている者たちがいるとすれば、それはこの女が産んだ幼子たちだけのはずだった。
「ぼっちゃまがた!」
 短い回廊でつながれた子供たちの寝室へと飛び込んだシャオロンは、寝台の上で咳き込んでいる子供たちを見るなり、窓辺に置かれていた花瓶を取った。
「ご無礼を――」
 まだろくに言葉もしゃべれない子供たちにひと言詫び、シャオロンは彼らに花瓶の水をかけた。
「今すぐ安全なところにお連れいたします!」
 頭から水をかぶった子供たちを布団で包み込んだシャオロンは、それを背負って窓から飛び出した。頭のひとつも撫でてなぐさめてやりたかったが、シャオロンにはそれができない。その手で触れた瞬間、子供たちはすぐさま泣き止み、永遠の眠りに就くだろう。
 まだ火の手が回りきっていない裏庭にも、無数の死体が累累と転がっていた。やはりこの子供たちを除いて、生き延びたものはひとりもいないらしい。
「これは……!」
 屋敷ではたらく使用人たちはいうまでもなく、この隠れ里に住む者であれば、早ければ三つ四つの頃から修行に入り、大人になる頃にはそれなりの腕前の持ち主になっているのがふつうである。
 だが、シャオロンが目にする骸は、そのほとんどが一撃で絶命していた。それも、刃物や銃といった武器を使った形跡はない。明らかに素手で殺されている。
 飛賊の里の者を、徒手による一撃で絶命せしめる敵――それが誰であれ、尋常の使い手ではない。
 熱風と血臭が渦巻く中を突っ切り、まだ火の手が回っていない夜の山に逃げ込もうとしたシャオロンは、背後に感じた異様な気配に慄然とし、思わず立ち止まって振り返った。
 振り返ってしまった。
「――――」
 今まさに燃え落ちんとする屋敷の屋根の上に、誰かが立っていた。目に染みるほどの炎の赤さを背負っているために、それは単なる黒い影にしか見えない。
 しかし、なぜかシャオロンは、その影が自分をじっと見据えているのだと感じた。そのまなざしに魅入られたかのように、その場から立ち去ることができない。シャオロンはただ目を見開いて、その大柄な人影を見上げていた。
 やがてシャオロンは、その影が右手に何かを持っていることに気づいた。それはちょうど、人の頭ほどの大きさで――。
「っ!」
 それが何なのか理解すると同時に、シャオロンは呪縛から脱した。
 その影と正面から対峙しようとは微塵も思わなかった。幼い子供たちを守ることが自分の役目であるとみずからにいい聞かせ、シャオロンはひたすらに走った。
 何のことはない。それを免罪符として、シャオロンは戦慄の夜から逃げ出したのである。

      ◆◇◆◇◆

「――――」
 赤いランタンに見とれていたシャオロンは、派手な爆竹の音を聞き、はたと現実に立ち返った。
 ランタンに縁取られた夜の大通りを、中国の伝統的な衣装に身を包んだ人々が、山車といっしょに練り歩いていく。それを見物するためにやってきた観光客たちも合わせて、冬の寒さを忘れるほどの人いきれだった。
 その無造作な人の流れを避けるように、シャオロンは路傍に寄り、口もとを手で押さえて嘆息した。
 何度思い返してみても、あの夜起こったことがくつがえるわけではない。数少ない里の生き残りたちは、それでも飛賊としてあり続ける道を選んだ。
 だが、そのためには、けじめをつけなければならない。たったひとりの男に里を滅ぼされ、その仇も取れないとあっては、中国の歴史の影で暗躍してきた伝説の一族とて、もはや死に絶えたも同然だった。最強の暗殺者集団として、ふたたび飛賊が裏社会で生きていくためには、裏切り者を捕らえて復讐をなし遂げなければならない。
 だからシャオロンも里を出た。仇の手がかりを求め、あてのない旅を続けながら、この元宵節の夜を狙ったように異国のチャイナタウンにたどり着いたのは、心のどこかに決して埋めきれないさびしさがあったからだろうか。
 安物のコートの襟を立て、人民帽を目深にかぶったシャオロンは、ぼろぼろになったメモを頼りに、雑踏の中をさまよい歩いた。周囲で交わされる言葉の中には、シャオロンにとっても馴染み深い、故郷でよく耳にしたものも混じっていたが、さりとてそれが彼女の心を癒やすことはない。むしろここにあっても自分はひとり――ただひとり里を離れて旅を続けているのだという、絶対の孤独感を再確認させられただけだった。
 静かに呼吸をととのえ、惰弱な寂寥感を使命感で塗り潰したシャオロンは、にぎやかな大通りから一本ずれた、細い裏通りにある小さな薬舗へと足を向けた。
 すぐそばに大きなドラッグストアがある時点で、繁盛していないのは判りきっていたことだが、それでもこんな時間にやってくる客もいるのか、店の扉は開け放たれたまま、ほそぼそと明かりがともされている。
 漢方薬の独特な香りが満ちる薬舗に足を踏み入れたシャオロンは、帽子を脱いで声をかけた。
「――どなたかいらっしゃいませんか?」
 左右の壁に、床から天井までびっしりと並ぶおびただしい数のひきだしには、おそらくありとあらゆる種類の漢方が納められているのだろう。それをぼんやりと眺めながらしばらく待ってみたが、返事はない。
「どなたか――」
 もう一度シャオロンが控えめな声で呼ばわると、ようやく奥からひとりの男が出てきた。白い猿の面をかぶっており、素顔は窺い知れないが、身体つきからして男なのだろう。それも、そう若くはない。
「やれやれ……うっかり店を開けたりするのではなかったわい。まさか元宵節の夜に、こんなさびれた店にやってくる客がおるとはのう……」
 仮面越しのその声は、やはり老爺のものだった。猿の面をかぶった老人――このチャイナタウンの実力者のひとり、リー・パイロンは、顔に負った傷を隠すためにいつも仮面をかぶっていると聞く。ならば、やはりこの老人こそが、くだんのリー老師なのだろう。
「…………」
 みずからの肩を叩きながら出てきた老人は、静かに頭を下げたシャオロンを見て長々と嘆息した。
「……おまけに、どうも厄介なお客のようじゃ」
「あの――」
 シャオロンが言葉を継ごうとした時、彼女の耳が、複数の荒々しい足音を捉えた。
「!」
 黒いサングラスの男たちが店に駆け込んできたのを見て、シャオロンは咄嗟に間合いを詰めにかかった。と同時に、コートの袖の中から柳の葉のような飛刀を抜き出し、よどみのない動きで投げつける。
「がっ!?」
 鎖骨のあたりに飛刀を食らった男が驚きと苦痛のうめきをもらした。そのまま身をかがめた男を踏み台にして、シャオロンはほかの男たちの頭上を飛び越えた。
「貴様――」
 男たちが懐から銃を抜こうとしているのを見て、シャオロンは自分の勘違いに気づいた。シャオロンを狙う敵なら、暗器を使うことはあっても銃は使わない。この男たちは、自分ではなくリー老師を狙っている――それと察した時には、シャオロンは三人の男たちをすべて昏倒させていた。
「老師」
 店の奥から出てきた若い男が、リー老師にそっと告げた。
「裏手からも侵入者です。すべて捕らえておりますが」
「まったく……あきらめの悪い連中じゃな。ほれ、そこに倒れておる男たちもいっしょに、適当に街の外に捨てておけ」
「はい」
 銃を持った男たちが踏み込んできたというのに、老師も若者も、まったく驚いた様子がなかった。武装した闖入者の存在も、彼らにとってはさほど珍しいものではないのかもしれない。
 意識のない男たちが運び出されていくのを待って、シャオロンはあらためてリー老師に頭を下げた。
「出すぎた真似をしたようで……申し訳ございません」
「いやいや、あんたのおかげで余計な手間がはぶけたよ。前は店の中を無茶苦茶にされたでな。狼藉者を叩き伏せるより、その後始末のほうが面倒じゃて」
 リー老師は肩を揺すって笑いながら、シャオロンを手招いた。
「――以前はギャング同士の抗争に巻き込まれることが多かったのじゃが……最近では、ワシの作る薬に目をつけて、あの手この手でその製法を手に入れようとする輩が増えてな」
 リー老師は東洋医学、薬学の泰斗であり、その研究成果は製薬業界でも注目されている。あの男たちは、それを狙った産業スパイか何かだったのだろう。
「じゃが……あんたが厄介な客だということに変わりはないな。今のを見て確信したわい」
 店の奥へと抜けると、そこは四合院作りの屋敷の中庭に通じていた。無数の赤いランタンが軒先に飾られ、早春の夜の庭をあざやかにいろどっている。
 池のほとりに立ち、リー老師はいった。
「狼藉者の相手をしてもらっておいていうのも何じゃが……あんたのそれは邪拳、純粋に人を殺めるための拳じゃ。古来より、そのような暗殺拳をひたすらに修め続けた一族がおると聞くが――」
「お察しの通りです」
 シャオロンはリー老師の背後で膝をつき、拱手して頭を下げた。
「わたしは本来なら表の世界に出てくることも許されぬ身――ですが、ご無礼を承知の上で、老師のお力にすがりたくまかり越しました」
「ワシのような老いぼれの力を借りたいと申されるか?」
 それが謙遜の言葉だということはシャオロンにも判っている。サウスタウンにあるこのチャイナタウンは、北米でも三本の指に入る規模を誇る。そして、その華人ネットワークの力を借りるには、リー老師に口を利いてもらうのが一番の近道だった。
「ある男の……行方を捜しております」
 声の震えを抑え、シャオロンは切り出した。
「その男というのは、我が一族を裏切り――」
「小姐」
 みなまで聞くことなく、リー老師はシャオロンの言葉をさえぎった。
「おそらくワシはその男の行方は知らぬよ。……ひと月ばかり前にも、同じことを聞きにここへやってきた若者がおったが、やはり知らぬとしか答えようがなかったでな」
「……!」
 狼藉者を叩き伏せていた時にも波立つことのなかったシャオロンの心に、ざわりとさざ波が起こった。
「その若者の名は、もしや――?」
「名乗りはせなんだが……おそらくあんたの知り合いか何かじゃろうな。まとっておる空気といおうか……どことなし、あんたと似ておったよ。もっとも、あの若者のほうが、あんたよりよほど殺伐とした冷たい目をしておったが」
「…………」
 おそらく兄――デュオロンだろう。その息災を知り、シャオロンは目頭が熱くなるのを感じた。
「それは……我が兄でございます……」
「やはりそうであったか」
 リー老師は顎に手を当て、しばらく何ごとか考えていたようだが、やがて軽く手を打って家人を呼びつけた。
「その若者がな」
 家人が漆塗りの盆に載せて捧げ持ってきたのは、小さな水晶の飾り玉がついた陶製の小瓶だった。
「ワシの前に大金を積んで、薬を作ってくれという。自分と同じくある男の行方を捜してやってくる娘がいたら、その者に渡してやってほしいとな。……おそらくそれはあんたのことじゃろう。ちょうど三日前にできたところじゃが、あるいは何かの啓示かもしれぬな」
 リー老師が差し出した小瓶を、シャオロンは両手で受け取った。
「三太子が、これをわたしに――」
「聞いたところによると、どうやらあんたは、その骨髄まで毒が染み入っておるらしいな。子供の頃から少しずつ毒を服用してきたとか……それをその若者は、尋常の人間に戻してくれなどと無茶をいいよる」
「…………」
「酷なことをいうようじゃが、どれほど手を尽くしたところで、あんたの身体がもとに戻ることはないよ」
 リー老師にそう断言されても、シャオロンはさして驚きはしなかった。もともとそれを覚悟でこの道に入ったのである。いまさらふつうの生活に戻ろうとも思わない。
「――じゃが、その薬を毎日少しずつ服用していけば、あんたの毒気も徐々に薄くなっていくじゃろう。薄皮を一枚ずつ剥がしていくようにな。それでも骨身にまで染みた毒は完全には消えぬであろうが、今よりはよほどましであろうよ。少なくとも、吐息だけで人を殺めてしまうようなことはなくなるはずじゃ」
「……ありがとうございます」
 シャオロンは小瓶をそっと懐にしまい込み、立ち上がって一礼した。
「ですが、今はまだこれを呑むわけにはまいりません」
「なぜかね?」
「それでは……わたしがあのかたの“剣”ではなくなってしまうからです。非力、非才のわたしにとって、この毒は唯一の武器なのです。この毒を失えば、わたしは――父にも、兄にも追いつけませぬ」
 父や兄のため、シャオロンは全身に毒を帯びた暗殺者となった。たとえ二度と兄の髪に触れることがかなわないとしても、この身が父や兄のなにがしかの役に立つのであれば、人ならざる“剣”となることに迷いはなかった。自分にできることはそれだけだと、シャオロンはそう思っている。
「じゃが、彼はそれを望んでおるのかね?」
 ふたたび池に向かった老師は、肩越しにシャオロンを一瞥した。
「――ここを去る時、あの若者はワシに、あんたにあてた伝言を残していったよ。できることならこのまま一族を捨て、すべてを忘れて、まっとうに生きろとな……その薬はそのためのものじゃ。あんたの兄上とやらは、あんたに闘いを捨てて生きろといっておるのではないか?」
「だとしてもです」
 この薬を飲んでふつうの暮らしに戻るということは、拳はもちろん、父や兄との絆も、シャオロンの秘めた思いも捨て去り、ひとり孤独に、人目を避けて生きていくということである。そんな生き方を選べるなら、そもそも毒など飲まなかった。
 父たちのあとを追って人知れず戦い続けるか、中途半端にふつうの人間に戻って人目を避けて生きるか――同じ孤独なら、シャオロンは戦う道を選ぶ。そうすれば、少なくとも父や兄と同じ修羅の巷に身を置くことはできる。遠く離れていたとしても、同じ江湖にいるのだと思える。
「やれやれ……兄妹揃って業の深いことよ」
 リー老師は苦笑混じりにかぶりを振った。
「ま、あんたが“剣”である必要がなくなったら、その時あらためて呑めばよかろう。もし足りぬようであれば、また取りにくるがよい。それまでには用意しておこう」
「かさねがさねありがとうございます」
 シャオロンはきびすを返して歩き出した。
「息災でな」
「はい。老師もどうかご自愛ください」
 シャオロンは振り返らず、立ち止まることもなく、小さな薬舗を抜けて薄暗い通りへと出た。
 リー老師はああいってくれたが、おそらくシャオロンがここへ来ることは二度とないだろう。自分が見事に本懐を遂げた上で、なおもおだやかな暮らしができると思えるほど、シャオロンは夢見がちではない。父と兄の激突を止めるためには、文字通りこの身を捨てる覚悟が必要だった。
 遠くから華やかな笛や銅鑼の音が聞こえてくる。今宵のパレードはまだまだ続くらしい。
 シャオロンは帽子を目深にかぶり、にぎやかな夜のパレードに背を向けるようにして、ひとり闇の中へと消えていった。
                               ――完――