とびだせどうぶつの森 QRコード置き場

ここにはおもに『とびだせどうぶつの森』、『GirlsMode4』でネオジオキャラになりきるためのマイデザイン用QRコードやコーディネイト案、それにSNK関連の二次創作テキストなどを置いています。髪型や髪色、瞳の色については『とびだせどうぶつの森』の攻略Wikiを参照してください。

『緑髪』


 遠くに見え始めた陸が、鈍色にくすぶっている。海はおだやかだったが、波間を駆け抜けて吹き寄せてくる潮風は身を切るように冷たい。重苦しく曇った天を見上げれば、ちらほらと雪が降り始めていた。夏だというのに、まるで真冬のごとき空だった。
 船縁に背を預け、暖を取るために徳利の酒をちびりちびりとあおっていた覇王丸は、うんざり顔で溜息をもらした。
「やれやれ……まだ八戸の港にも着いてねェってのに、先行きが不安になる空模様だぜ。灰が降るよりはマシだがよ」
 ふと視線をめぐらすと、向かい側の船縁では、顔色の悪い侍が細かく咳き込みながら、かすれがちの声で何ごとか呟いている。

 「――おい、いまさらいうのも何だがよ、中にいたほうがよかったんじゃねェか、右京さんよ?」

「…………」
 橘右京覇王丸を一瞥したのみで、白鞘をかかえた上から粗末な長合羽をはおり、相変わらずぶつぶついっている。肌は土気色で、具合がよくないのは誰の目から見ても明らかだった。
 覇王丸は小さく鼻をすすって右京の隣に移った。
「……港に着いたら、そっからはおたがい別々の道を行こうぜ。どっちが先にたどり着こうが恨みっこなしってことで」
「緑髪の……緑の髪の……」
 覇王丸のかける声にも気づかぬように、右京は小さな声で繰り返している。先ほどから何をいっているのかと思えば、どうやら一句ひねっている最中のようだった。
 それを知って覇王丸は苦笑いを浮かべた。
「……大物だよ、あんたは」
 ふたたび船の舳先のほうを見やれば、灰色の波間の彼方に陸の影がさらに濃くなっていた。
 江戸川から利根川に入って銚子へと下り、そこから千石船に乗り換えて八戸へ――長かった船旅も間もなく終わる。船を降りたあとは陸路で恐山を目指すが、その道程が厳しいものになるだろうことは想像にかたくない。折からの天変地異に人々は疲弊し、邪気に当てられた賊徒が跋扈するのみならず、昼日中から魔物を見たという声も増えた。
 ならば、恐山に近づけば近づくほど、その旅は過酷なものになるのは避けられまい。
 無論、そうした艱難辛苦は覇王丸の望むところであったが、壮健な覇王丸にとって過酷なものであるなら、胸を病んでいる右京にとってはなおさらだろう。そもそもこの様子では、下船と同時に倒れかねない。
 そこまでして右京が北を目指すわけを、覇王丸は知らない。知ってどうこうするつもりもない。覇王丸はただ、稀代の剣客がまたひとり、そう遠からず命を落とすのだと悟って、その剣の腕を惜しむだけだった。
「できりゃあよ、労咳病みになる前のあんたと本気でやり合いたかったが、な……」
「……禍津神」
 右京は瞳を伏せたまま、ぽつりともらした。
「はァ? 禍津神?」
「禍津神……緑の髪の美しき、いや、麗しき、か――」
「ああ……そいつはいいえて妙だな」
 橘右京の目指すものはいざ知らず、覇王丸が求めるものは、まさしく緑の髪の禍津神、羅将神ミヅキであった。

      ◆◇◆◇◆

 叩きつけてくるような烈風が肌を裂き、大地を踏み締める両脚から容赦なく力を奪っていく。
 その覇気はまさに魔風だった。こうして対峙しているだけで心が萎えそうになる。それをかろうじてつなぎとめているのは、これまでの半生を剣の道に捧げてきたという自負、矜持――ありていにいってしまえば、単なる見栄なのかもしれない。
 だが、それを自嘲するだけの余力がまだ残っていることが、十兵衛には嬉しかった。
「――半蔵!」
 紐がちぎれてだらりと下がった眼帯をむしり捨て、十兵衛はともに戦う畏友の名を呼ばわった。
「よもやこれで終わりということはあるまいな!?」
「無論――」
 血のしたたる左腕を押さえてうずくまっていた黒装束が、低い声で呻くように答えた。
「十兵衛どのこそ、残念はございますまいな?」
「いわれるまでもない……ここがご公儀のための命の捨てどころと心得ておるわ」
 十兵衛も半蔵も、すでにその身に数えきれないほどの手傷を負っている。尋常の武芸者であれば、とうに倒れて動けなくなっているに違いない。だが、それでもその瞳は爛々と輝き、目の前の敵を見据えている。
 だが、だがしかし。
 それでもなお女は、死すら覚悟したこの両名を前にして、涼やかな声で笑うのだった。
「滑稽な……もはやすべては無意味と判らぬか?」
 白いのどをのけぞらせて笑う巫女装束の女は、青黒い異形の魔獣の背に腰かけたまま、この国でも指折りの手練ふたりを傲岸不遜なまなざしで睥睨した。
「この世のすべての夢は、今、終わりを告げた。もう神の愛も平和もありはしない。あるのは憎悪と恐怖と我が魔界のみ――」
「ぐ、ぅ……!」
 女の哄笑がふたたびの魔風となって十兵衛たちに吹き寄せてくる。相手が人外とはいえ、彼我の力の差は圧倒的だった。
 ぼろぼろに毀れた愛刀を一瞥した十兵衛は、震える手に力を込めてあらためて握り直し、ただひとつ残った目で女を睨めつけた。
「……たとえ差し違えようとも――」
「差し違えるだと? それこそ滑稽よ。しょせん貴様はここで滅びゆくさだめ……おとなしく蒼珠魂を差し出すがよい」
 女が手にしていた玉串を振ると、女の身体が浮かび上がり、青黒い魔獣がすさまじい咆哮とともに地を蹴った。
「!」
 半蔵が身体を引きずるようにして横に跳ねる。だが、今の十兵衛に魔獣の突進をかわす余力はない。逃げるよりその場に踏みとどまり、渾身の力で両手の刀を振るうことを選んだ。
「――っ!?」
 大小の切っ先が魔獣の身体を斬り裂いた――と見えた刹那、十兵衛の意識が遠のいた。刃が食い込んだまま、魔獣の巨体が十兵衛をはじき飛ばしたのである。十兵衛がその事実を自覚した時には、すでに賽の河原を五、六丈ほども転がされていた。
「十兵衛どの!」
 半蔵の声が遠くに聞こえる。しかし、手足に力が入らない。かすむ目でどうにかあたりを見回すと、すぐそばに転がる愛刀と、ふたたび跳躍の体勢に入った魔獣の姿が目に入った。
「……!」
 咄嗟に刀の柄に手を伸ばした時、十兵衛と魔獣の間に大柄な影が割って入った。
「あらよっ――と!」
 先ほど十兵衛をはじき飛ばした魔獣が、今度は反対にはじき飛ばされていた。
「……とんでもねェもんとやってるじゃねェか、十兵衛の旦那」
「おぬし……!」
 刀を肩にかついだ男――覇王丸は、左手をぷらぷらと揺らしながら、目だけはじっと魔獣を見据え、背後の十兵衛に声をかけた。
「すまねえな。ちょいと遅れちまった」
「おぬしと約定などしておらぬわ……」
 そういいつつも、ついつい笑みがこぼれてくる。十兵衛は愛刀を掴むと、それをささえに立ち上がった。
「しかしまあ、おかげでここまで来るのはずいぶん楽だったぜ。……旦那だろ? 道中のバケモンどもをあらかた始末してくれたのは?」
「かかる火の粉は払わねばなるまい……」
「ありゃあ火の粉ってシロモノじゃあねェけどな」
 目の前の魔獣と、それにその先に立つ女――すでに覇王丸も、その正体については承知しているようだった。
「来たか……紅朱魂――」
「てめェ、ミヅキ……とかいうそうだな?」
 一歩前に踏み出した覇王丸は、使い込まれた徳利の酒をぐびりとあおると、ふてぶてしい笑みを浮かべていい放った。
「天下泰平のためなんてうそぶくつもりはねェがな……俺の魂が欲しいんだったら、下っ端に任せてねェでてめェが来やがれ!」
「ようもほざいた……されば望み通り、我が手で引導を渡してくれよう!」
 女――羅将神ミヅキが玉串をひらめかせると、岩がちな地面から曇天に向かって、のたうつ蛇のごとく細い雷が逆さに走った。大地が震え、魔獣の咆哮がとどろく。逆巻く魔風はいきおいを増し、ミヅキの長い髪を激しくたなびかせた。
「禍津神、緑の髪の麗しき――下の句は何だったっけか?」
「何かいったか、覇王丸?」
「いや、何でもねェよ、旦那」
 人であろうが魔であろうが、果てはそれが神であろうが仏であろうが、敵としておのが前に立つものあらばすべて斬る――。
「……ま、俺にできることといやァ、畢竟、その程度だがな」
 野太い笑みを口もとに貼りつかせた覇王丸は、河豚毒を握り締め、ミヅキの覇気に気圧されることなくさらに前に進み出た。

      ◆◇◆◇◆

 禍津神 緑の髪の麗しき 夏ひの暮れも 古物語――。
                                  ――完――