とびだせどうぶつの森 QRコード置き場

ここにはおもに『とびだせどうぶつの森』でネオジオキャラになりきるためのマイデザイン用QRコードや、SNK関連の二次創作テキストなどを置いています。髪型や髪色、瞳の色については『とびだせどうぶつの森』の攻略Wikiを参照してください。

『夢の如月』


 日当たりのいい縁側に座り込み、きのうあたりから咲き始めた桜を飽きもせずに眺めている老人の背中は、昔とくらべてずいぶんと小さく、丸くなったような気がする。
 思えば影二は、もう二〇年以上もこの背中を追いかけてきた。ようやく手が届くかと見えた時には、すでにそれがここまで小さく、弱々しく思えてしまうというのも、定めし皮肉といってよかろう。
 しかし、人は老いるものである。最強を求めていかにその身を鍛えようと、時の流れに逆らうことはできない。ここにいる老人は、数十年後の影二自身の姿だった。
「願わくは――願わくは、か……」
 かすれがちの声でひとりごちていた老人は、薄い肩を揺らして笑った。

  ゆったりとした作務衣姿の老人は、あぐらをかいた膝の上に、あちこち塗りの剥げた箱をかかえている。その表面を撫でる細い指が、かすかに震えているようだった。
「儂らのような因果な稼業の人間がよ……儂らがなあ、影二?」
「はい」
「死にざまだの死に場所だのを選ぼうなんてのは、おこがましいこととは思わんか?」
「いかさま……」
 影二はにこりともせずうなずいた。
「――死に場所を選ぶということは、目の前に迫った死を恐れることにつながります。死を恐れる忍に生きる価値などなし……拙者はそう心得ておりますが」
「……おぬしはいうことがいちいち理屈っぽいな」
「性分ですので」
 影二は軽く頭を下げた。
「――如月流忍術なんぞといっても、いかほどのことがあろうか」
 老人の話がいきなり飛んだ。もっとも、始めから本題は忍の死に場所うんぬんではなく、こちらの話だったのだろう。影二の養父である以前に、老人にはつねに如月流の総帥という肩書きがついて回っている。それもまた、死ぬまで逃れられないものだった。
「――そも、一〇〇年前には如月流の看板なぞなかったのだ。それを二代目さまが、初代さまから受け継いだ技をどうにかこうにかそれらしくしつらえて、ようやっと今の形になった。四代目の儂は、それをただおぬしに投げ渡すだけじゃ」
「拙者に――?」
 なかば予想していたこととはいえ、昼下がりの縁側で次の総帥の座をおまえにゆずるといわれ、さすがの影二も驚いた。が、その驚嘆を声色や表情に出すことはしない。
「今でこそ如月流忍術、多くの配下をかかえて隠然と裏の世界に名をとどろかせてはおっても、その歴史はたかだか一〇〇年と少々……そうありがたがるほどのもんでもあるまいよ。嘘かまことか、世の中には一八〇〇年も続く武術もあると聞くが……ま、歴史の長さを張り合うのも詮方なきことでな」
 老人は影二に向き直ると、かかえ込んでいた箱を縁側に置き、そっと押し出してきた。
「いずれにせよ、儂もそう長くはなかろう。どうにか畳の上で往生できるのならそれだけで果報者かもしれんが……ま、あとのことは万事おぬしに任せる。如月の看板を磨くも潰すもおぬしの好きなようにせよ」
「ほかのかたがたは、このことについて何と?」
 じっと箱を見つめたまま、影二は尋ねた。
 老人には影二より年嵩の弟弟子たち、あるいは直弟子たちが何人もいる。影二を次の総帥に選ぶということは、影二より長く修業している彼らに影二の下につけと命じるのにひとしい。いかに現総帥の命とはいえ、そこに反感が生じないとはいいきれなかった。
「それなりにいい含めてはおいた」
「それなりに、ですか」
「儂が冥土行きになったあとまでみなが儂の言葉にしたがうかは判らんが、そこから先はおぬしの器量次第よ。如月流はつねに最強たるべし――儂は弟子の中でおぬしより腕が立つ男を知らぬでな、おぬしを選んだまでのことよ」
「ありがたきお言葉……」
「だがな、影二」
「は」
「不破の小僧は……黙ってはおるまいよ」
「心得ております」
 影二はそっと瞳を伏せ、箱に手をかけた。長さは二尺半ほど、ところどころ血に汚れた、古びた桐の木箱である。
 この箱を目にするのは初めてだったが、その中に何が納められているのか、影二にはもう判っていた。

      ◆◇◆◇◆

 如月流が如月流を名乗り始めたのは、ここ一〇〇年ほどのことであるらしい。
 あるらしい、というのは、如月流の来歴をまとめた書物のようなものが存在しないため、それがいつからのことなのか定かに判らないからである。如月流の始祖とされる斬鉄が、もともと何という流派の忍であったかということもまた、定かには判らない。
 ただ、同じ郷の忍たちが幕末の動乱の中で次々に命を落としていったことから、その最後の生き残りとなった斬鉄は、最強という概念に強いこだわりを見せるようになったと――これは斬鉄の孫に当たる二代目総帥の言葉で――伝わっている。
 結局、斬鉄はその生涯でついに如月流を名乗ることはなかった。ただひたすらに最強を追い求めるその生きざまと、今では総帥の証として伝わる一対の小太刀、そして斬鉄の技のすべてを受け継いだ二代目――のちに如月三太夫と号する彼の孫が、元服に際して初めて如月の姓を名乗ったとされている。
 その後、口伝でしか伝わっていなかった如月流の理念や技を、三代目が体系化して書物の形にまとめ、四代目が立つ頃には多くの配下をかかえるまでになっていた。

 しかし、なぜ如月三太夫が如月の姓を名乗るようになったのかは、数少ない書物にも口伝の中にも伝わってはいない。

      ◆◇◆◇◆

 如月流の若い忍たちは、日頃から影二のことを若と呼んでいた。子供にめぐまれなかった四代目が、孤児だった影二を拾ってきて、我が子として育てていたからである。
 もっとも、総帥の息子だからといって何の苦労もなく跡目を継げるわけではない。初代斬鉄の技を受け継ぐものが孫の三太しかいなかった頃ならともかく、今の如月流には多くの使い手がいる。つねに最強たるべしを唯一絶対の掟とする如月流で、最強でない者が総帥の座に就くなど許されないことであった。
 だからこそ影二は、総帥の子という立場に甘んじることなく、幼き頃より人一倍の鍛錬を積みかさねてきた。四代目からあらたな総帥に推されたのもその実力ゆえだという自負もある。事実、四代目からその話があった日の夜から、叔父弟子たちや兄弟子たちの態度が変わった。五代目襲名に際して彼らが造反する恐れはまずないと見ていい。
「――若、どちらへ?」
 夜半、寝床を出て静かに着替えていると、障子の向こうから声をかけられた。五代目を引き継ぐことにやぶさかではないが、何の肩書もなかった子供の頃のような自由さが、今となっては懐かしくもある。
 薄闇の中で苦笑しつつ、影二は丹前の帯をきつく締めた。
「少し出てくる」
「かような刻限に、いったいどちらへ? いずれにせよ、誰ぞお供に――」
「忍が夜に出歩くのは当たり前のこと……月を眺めるのにぞろぞろ護衛などつけていられるか」
「しかし――」
「ついてきたいのであれば好きにすればいい。……が、いちいちそういう話になるのであれば、次からは気づかれずに屋敷を出ていくことにするが、それでもかまわぬか?」
「――――」
 どのみち、誰かがついていくといったとしても、影二はそれを途中でまくつもりでいた。よほどの使い手でなければ、夜の闇にまぎれて跳梁する影二を追いかけることなどできまい。
 誰も知らないうちに勝手な真似をされるよりはいいと思ったのか、障子の向こうの家人たちが小さな溜息をつくのが聞こえた。
「……明け方までにはお戻りくださいますよう」
「ほんの一、二時間で戻る。桜が咲き始めたといっても、夜はまだ冷えるからな」
 そういって影二が障子戸を開けた時、すでに家人たちの姿はなく、代わりに、縁側の沓脱石の上に真新しい雪駄が置かれていた。
「月を眺めるとはいったものの……月見にはふさわしくない雲行きだな」
 見上げた夜空に星の数は少なく、月にも雲がかかりがちで、確かに月見にふさわしい夜ではない。が、忍が動くにはおあつらえ向きの闇夜だともいえる。
 屋敷をあとにした影二は、背の高い杉が鬱蒼と茂る山中を、それこそ月見を兼ねての散歩のような気やすさで歩いていった。
 丹前の袖に両手を差し入れているとはいえ、下は素足に雪駄履き、傍目にはひどく寒そうに見えるだろうが、影二自身はさして寒いとは感じない。むしろ胸の奥に静かに燃える熾火のようなものをかかえ込んでいる心持ちだった。
 細い山道をはずれ、灌木と下生えにおおわれた斜面を五分ほど下ってきたところで、影二はふと足を止めた。
「――わざわざ供も連れずにひとりで来てやったぞ。そろそろ出てきたらどうだ?」
 笑いを含んだ影二の呟きが、森閑とした山中に吸い込まれていく。先刻まで低く鳴いていた梟たちの声も途絶え、あたりは不気味なほどに静まり返っていた。
「それとも、拙者が疲れ果てて行き倒れになるのを待つつもりか? ならばあいにくだな。拙者は二時間ほどで戻らなければならん。用がないのならもう帰らせてもらおう」
「……よくぞ気づいた」
 野太い声がどこからか落ちてきた。
「みずから倒されにくるとは殊勝な心がけだな、影二」
「いつまでも貴様に見張られていたのでは気分が悪い。……ただそれだけのことよ」
 腕組みをしたまま、影二は杉の巨木に寄りかかった。
「いっておくが、一門を出ていくのであれば好きにしろ。しいて引き止めはせぬ」
「拙が出ていく――だと?」
「いずれ拙者が跡目を継いで五代目となった時、その下につくのは貴様も業腹だろう? 無理にとどまれとはいわぬ」
「おぬしを次の総帥に選ぶなど、師匠も老いて耄碌したとしか思えん……もはや如月流に未練などないが、ただ、このまま出ていくのもそれこそ業腹というもの」
「ほう? ならば何とする?」
老いぼれどもに、おのがあやまちを知らしめてからいぬるわ。拙こそが最強、如月流の屍の上に不破流の看板を打ち立ててくれる!」
 次の刹那、影二が背中を預けていた杉の梢から黒い影が音もなく降ってきた。唐突な襲撃であったが、影二の反応に遅滞はない。いずれ仕掛けてくるのが判っていれば、それに備えるのは容易だった。
「貴様が流派をあらたに起こすだと? 悪いことはいわぬ。やめておけ」
 素早く腰の後ろに両手を回し、影二は頭上からの襲撃者を迎え撃った。闇の中で白い光がきらめき、下生えに何かの雫が飛び散るかすかな音がこぼれる。
「ぬ!?」
 はじき飛ばされるように影二から離れて着地した巨漢の襲撃者は、低い姿勢で身構えたまま、影二の手にあるものを凝視した。
「それはもしや――?」
「貴様が欲して、ついに手が届かなかったものだ」
 その時、雲間から月が顔を出し、影二が持つ牙を照らし出した。“蟷螂刃・流”と“蟷螂刃・影”――初代斬鉄がその孫に託したといわれる一対の小太刀こそ、代々の総帥に受け継がれてきた如月流最強の証である。
「――どのみち貴様には似合わぬがな」
「おのれ、影二……!」
 歯をきしらせて影二を睨めつける巨漢――不破刃の頬に、うっすらと赤い線が走っていた。一瞬の交錯のうちに、影二の一撃が刻み込んだのである。
「拙者がもっと身軽ななりであれば、その傷はもっと深かったとは思わぬか? 雪駄履きでなれば頬ではなく首に傷が開いていたとは考えぬか? ここで引き下がるのが利口というものだぞ」
「ほざくな!」
 影二と同門の不破刃は、その性は獰猛、およそ忍に似つかわしくない激情の男であったが、その強さは一門の中でも群を抜いていた。影二より身体に厚みがあり、猛牛のごとき力と驚くべき身の軽さを兼ね備え、四代目の弟弟子たちお歴々からも、あれは素手で人を捻り殺せる男だといわれている。
 だが、その驕慢な強さゆえに、次の総帥に影二が推されたことが許せなかったのであろう。
「――ならばその証、殺してでも奪い取るまでよ!」
「よかろう。最強の者の手にあるべき得物、本来なら腕くらべの上で持ち主を決めるのが道理であろうからな」
「そのしたり顔、柘榴のように潰してくれる!」
 まさに猛牛、あるいは巨大な猪か。足場の悪い斜面をものともせず、刃は影二に向かって突っ込んでくる。それを紙一重で避けながら、影二はふたたび小太刀を振るった。
「――いかに鋭かろうが、しょせんその程度の刃渡りでは、急所に当たらねば拙の動きを止めることなどできんわ!」
「そう思うか? ……これが最後だぞ、刃。身を引け。今夜のうちに山を去れば、抜け忍として追うことはすまい。よく考えろ」
「おうよ、だからいぬるといっている! おぬしを倒し、証を奪い、揚々とな!」
 肩口にあらたな血の花が咲いても、刃が怯んだ様子はない。逆に鉈のような手刀を影二の首筋へと振り降ろしてきた。
「おとなしく引き下がれば超然と立ち去ることもできただろうに、わざわざ尾羽打ち枯らして惨めに追われたいというのなら、そのようにあつかってやろう――」
 影二は素早く小太刀を鞘に納めた。刃が素手であるのを知って、あえてこちらもそれに合わせたのは、忍としては甘い考え方だったかもしれない。しかし、刃を文字通り叩き伏せるためには必要なひと手間であった。
「拙者と貴様が次の総帥の座を争っていたというのは、何も拙者らの力が競っていたことを意味するのではないと判らぬか?」
 立て続けに繰り出される刃の手刀をたくみにはじいて逸らし、影二は一気にその懐へ踏み込んだ。
「――貴様以外に、多少なりとも拙者の相手になれる者がいなかったからだ! そこを履き違えるな、刃!」
 ほとんど密着の間合いから、影二は刃のみぞおちへと裂帛の気合とともに拳を打ち込んだ。
「おぬしこそ思い上がるなよ!」
 打ち込まれた拳を受け止めた刃は、そのまま力任せに影二の身体を放り投げた。影二の天地が入れ替わり、仁王立ちになって右の手刀を大きく振りかぶる刃の姿が頭上に見えた。
「思い上がってはいない」
 虚空に投げ上げられた影二は、丹前を脱いで広げ、刃の視界をふさいだ。
「――!?」
 刃の手刀が綿入りの丹前を斬り裂いたが、すでにその時、影二は両の足で地上に降り立ち、刃の背後を取っていた。
「拙者の道は、より強い者を追い求める修羅の道。――だが、そこに貴様の居場所はない」
「ぐ、ほ……っ」
 濃紺の忍装束に身を包んだ影二の拳が、刃の脾臓のあたりにめり込んでいた。
「貴様など路傍の小石も同然。……二度と拙者の前に姿を見せるな」
 ぼろきれと化した丹前を頭からかぶったまま、刃の巨体がゆっくりと崩れ落ちる。しかし、とどめは刺さなかった。
 ここで刃を始末しておくことにためらいはないが、それでは単に、誰も知らないところで影二のライバルと目されていた男が命を落としたにすぎない。それよりはむしろ、あえて刃を殺さずに一門から逃げ去る形にしておいたほうが、影二、ひいては如月流の武名を高める結果につながるはずだった。
 おそらく、目を醒ました刃は、自分が影二に情けをかけられたことを知り、屈辱に打ち震えるだろう。そして、影二を倒すための武者修行に出るに違いない。いわばその戦いのひとつひとつが、刃を倒した影二の強さを物語ってくれるのである。
 屋敷へ向かって山を下っていた影二は、いまさらのように我が身を見下ろした。出かける時は丹前の着流し姿、帰りは忍び装束では、いったい何をしに出かけたのかと屋敷の者に不審がられるに違いない。
「……ま、気づかれぬように戻ればいいだけのことか」
 自嘲気味にひとりごち、影二は音もなく走り出した。

      ◆◇◆◇◆

 結局、四代目はそれから何度か桜の季節を迎えてから逝った。
 生前たびたび口にしていた通り、桜を眺める縁側で夢見るように亡くなっていたという。
                                ――完――