とびだせどうぶつの森 QRコード置き場

ここにはおもに『とびだせどうぶつの森』、『GirlsMode4』でネオジオキャラになりきるためのマイデザイン用QRコードやコーディネイト案、それにSNK関連の二次創作テキストなどを置いています。髪型や髪色、瞳の色については『とびだせどうぶつの森』の攻略Wikiを参照してください。

『霖雨』


 母は気丈な人だった。
 父が死んだと聞いても涙ひとつ見せず、ただぽつりと、あの人らしいと呟いただけで、かすかに微笑みさえした。
 薄情なのではない。気丈なのだ。
 だから息子の前でさえ涙を見せることはなかった。泣きたい時に泣くこともできず、しかしその後ろ姿はあまりにも哀しげで、見ているこちらのほうがつらかった。
 父の死を母に告げてすぐにまた武者修行と称して家を出たのも、そのせいだったのかもしれない。
 自分がいては、母は泣くに泣けない――そんな小賢しい気遣いを見せて、また一年近く世界各地を渡り歩いて帰国した時、母は嬉しそうに笑っていた。
 だが、それはやはり父を前にしていた時に見せる笑顔ではなかった。
 七月――。
 雨音が鬱陶しい。

       ◆◇◆◇◆

 日が射していないというのに、ガレージの中はうだるような暑さだった。昼前まで降り続けていた雨のせいで湿度が高く、空気の澱むガレージの中の不快指数を急上昇させている。
 愛車の前に座り込み、エンジンのプラグをはずしていた草薙京は、うんざり顔でTシャツを脱いだ。
 長い間乗っていなかった愛車のメンテナンスは、本当なら手間ではあっても楽しい作業のはずなのに、なぜか今は苛立ちをともなう。
 脱いだシャツでざっと汗をぬぐった京は、ペットボトルの水を派手にこぼしながらあおると、大きくひと息ついてスパナを放り出した。
 ふと気がつくと、PHSが着信をアピールして小さなランプを明滅させていた。メールの差出人は確認せずとも判っている。
 そろそろシャワーを浴びて準備をしないと、ユキとの待ち合わせに間に合わなくなる。
「めんどくせえな、ったく……」
 ことさら大きく声に出して毒づき、京は工具を片づけ始めた。

      ◆◇◆◇◆

 テーブルの下で、こつんと軽く脛が蹴られた。
 はっとして正面を向くと、ユキが上目遣いにこちらを睨んでいる。京はばつの悪さに首をすくめ、シャーペンを持ち直した。
「面倒だって思ってるでしょ?」
 アイスティーのグラスをストローでかき混ぜ、ユキはにっこりと微笑んだ。だが、それが見た目通りに彼女の機嫌のよさを表しているわけではないことを、すでに京は知っている。こういう時のユキはおおむね怒っている。それも、京に対して腹を立てている。
 京はユキから視線を逸らし、いまさらのように参考書をめくりながら、動揺を押し隠していった。
「別に俺は……面倒とか、そんなことは――」
「思ってるでしょ?」
「そりゃあ、す、少しは……いや、でも、こうしてユキにつき合ってもらってるんだしよ、真面目にやろうって気持ちはあるんだぜ?」
「まず言い訳から入るってことは、自分はそんなに悪くないって思ってるでしょ」
「…………」
 返す言葉もなく、京はアイスコーヒーをすすった。昔、両親が喧嘩をしているのを見て、父親の対応のまずさを心の中で笑っていたが、気づけばその時の父と同じことをしている。自分が悪かったと素直に認めればいいのに、それができずに不貞腐れる――自分があの父に似ていることが少しショックだった。
 ランチタイムをすぎたファミレスの店内には客の姿もまばらで、補習に備えての勉強に集中するにはもってこいの環境のはずだった。おまけにマンツーマンで教えてくれるのは、京とは正反対の優等生で通っているユキである。
 なのに勉強に身が入らない。せっかくつき合ってくれているユキには申し訳なかったが、勉強にかぎらず、京はこのところどうにも集中力を欠いていた。
「京はさ」
 何もいえずにいると、ユキがペンケースを片づけながら口を開いた。
「――何かっていうと努力したくないとか、めんどくさいとか、すぐにそういうこというけど、だからって……えーと、古武術? 格闘技? とにかく、闘うことに不真面目だったことはないってわたしは思ってた」
「…………」
「努力が嫌いだっていうのもポーズだけで、本当は努力する姿を人に見られたくないから見栄張ってるんだろうし、いい方ヘンだけど、そういう京ってちょっと可愛いなって思ってた」
「……何だよ、それ」
「でも、今の京はやる気があるのかないのかさえはっきりしてない気がする。そういう煮え切らない京って、正直、あんまり好きじゃないかも」
 そういって、ユキは伝票を持って立ち上がった。
「――わたし、京ってもっと自信家の俺サマ人間なんだと思ってた。他人に努力する姿を見せたくないのと同じくらい、あれこれ悩む姿も見せたくないんだって思ってた。……けど違うの?」
「それは……相手がおまえだからだろ」
 おそらく目の前にいるのが実の母親でもこんなことはいわないだろうし、そもそも何かに悩んでいる姿など今の母には見せられない。紅丸や大門たちにでさえ、そういった姿を見せるには抵抗がある。
 そんなストレートな気持ちをぶっきらぼうに口にすると、ユキはふたたびにっこりと笑って、
「……それはそれでちょっと嬉しいけど、たぶん、京のその悩みにはわたしは何も答えてあげられないと思う」
「そうだな」
 自分自身でもよく判っていないこの苛立ちを、愚痴に変えてユキにぶつけたところで何も解決はしない。ほんのいっとき、わずかに溜飲が下がるだけだろう。そんなことにユキをつき合わせるのは気が進まなかった。
「またね、京」
 ファミレスを出ていくユキを無言で見送り、京は静かに目を閉じた。
 自分が何をしたいのか、京にはまだよく判っていない。ただ苛立ちだけが日増しに大きくなっていくかのようだった。

      ◆◇◆◇◆

 時もわきまえずに鳴いていた蝉が、あたりの空気がみしりと震えた拍子にどこかへ逃げていった。
「――あのさー、大門先輩。スポ根もいいけど、少しはペースってものを考えたほうがいいんじゃないの? さすがにオーバーワークだろ? まさかあんた、大学の後輩たちにもそういうやり方でトレーニングしろって教えてるのか?」
 大木を相手に何度も何度も背負い投げの稽古を繰り返している大門五郎を、二階堂紅丸は冷ややかな視線で見つめていた。
 大門五郎はこの古臭いやり方で世界の頂点に立った。だから、その方法論を否定するつもりはない。が、それはやはり紅丸から見ればあまりに非効率的すぎた。激しいトレーニングにはそれに応じた休息が必要だが、大門はインターバルという言葉を知らないのか、延々とあの“修行”を続けている。
「……おまえの後輩にだけはなりたくないね」
 紅丸は溜息混じりに肩をすくめた。
 体育館の窓からもれる明かりに照らされて、大門の額の汗が光っている。このうだるような湿度の高い真夏の夜に、みしりみしりと大木の幹があげるきしみだけが響いていた。
「…………」
 やがて、永遠に続くかと思われた大門の“修行”が終わった。紅丸は、タオルで大雑把に汗をぬぐう大門に歩み寄り、
「なあ、おまえはどう思う?」
「……何のことだ?」
あいつだよ。……京のヤツ」
「京がどうかしたのか?」
「様子がおかしいとは思わないか?」
「む……」
 大門はもともと細い目をさらに細め、水銀灯の下のベンチに腰を降ろした。
「うまくいえないんだが……妙なんだよな、あいつ」
「帰国の日に会った時には、武者修行の成果が出ていると感じたが」
「腕が落ちたとかそういうことじゃない。ただ――あいつ本当にやる気あるのか?」
 大門の隣に座った紅丸は、長い脚を優雅に組み、夏の夜の闇をじっと見据えた。
「……きのう、ユキちゃんから連絡があってな」
「確か……京の」
「ああ。カノジョだよ。……留年小僧のくせにカノジョ持ちなんて生意気だけどな」
 唇を吊り上げ、紅丸は小さく噴き出したが、すぐにその表情をあらためた。
「……何だか京の様子がおかしいっていうんだよ。ずっと何かに苛ついてるっていうか、ユキちゃんにいわせると、不完全燃焼って感じらしい」
「ふむ」
「でもそんなことってあるか? もうじきKOFが始まるんだぜ? なのにあいつが燻ってるなんて、にわかには信じられねぇだろ?」
「……そうだな」
 紅丸と大門、それに草薙京は、前回に続いて三人でチームを組み、KOFに参戦することになっている。夏の始まる頃、武者修行の旅から帰国した京と再会した時、一も二もなくそう決まった。
「おまけに今回も裏で糸を引いてるのはあのルガールらしい。……京にとっては親父さんの仇だろ? そいつが未練がましく生き延びてたことが判って、あらためて燃えるとかいうなら俺サマにも判るさ。けど、それで逆にテンション下がるってどういうことだよ?」
「……で、おぬしは実際に京に会ったのか?」
「ああ。ユキちゃんに頼まれたのもあるしな。昼間、テキトーに理由をつけて会ってきた」
「それで?」
「さすがにユキちゃんはよく見てるよ。……確かに心ここにあらずって感じだったな。目の前に迫った大会に集中しきれてねえ」
「らしくないな……」
「だろ?」
「京のことではない。おぬしがだ」
「俺?」
 ふと気づくと、大門が太い腕を組み、紅丸を見下ろして薄く笑っていた。
「存外に面倒見がいいなと思ってな」
「はぁ? 何いってんだよ、おい? 俺は別に――実質的にこのチームを引っ張ってんのは俺サマだが、あいつにだって腑抜けたままでいられちゃ困るだろ? だから俺は……」
「まあ、そういうことにしておくか」
 タオルを首にかけ、大門は立ち上がった。
「……京のことは放っておけ」
「何?」
「格闘家ならずとも、生きておれば悩みのひとつふたつはかかえ込むものだろう。京の性格なら、そこで最初から誰かに頼ることをよしとはすまい。まずは自分だけで解決しようとするはずだ」
「そりゃあまあ――」
「あるいは、京自身にも、自分が何を悩んでいるのか判っておらぬのやもしれんが」
「は? そんなことありえるのか?」
「さあな。……いずれにしても、京が何かいってくるまで、わしらに出番はなかろう」
「それでいいのか、ホントに?」
 紅丸は頬杖をつき、細い眉をひそめた。大門は紅丸を意外に面倒見がいいというが、紅丸からすれば、大門の放任主義のほうがよほど意外に思える。
「ここの学生たちと違って、京にはすでに格闘家としての芯となるものができておる。放っておいても問題あるまい。……案外、おぬしが気を揉んでいる間に、あっさりと自己解決するかもしれんぞ?」
 いつになく饒舌な大門は、下駄を鳴らして体育館の裏手へと消えていった。
「……そういうもんかねえ?」
 音もなく近づいてくる蚊を追い払い、紅丸は駐車場のほうへと歩き出した。

      ◆◇◆◇◆

 ぬるりとした雨が降っている。そういえば、今年はまだ梅雨明け宣言が出ていない。
 メンテナンスのおかげか、黒く濡れたアスファルトの上を、心地よいエンジン音を響かせて愛車が走っていく。深夜というには深すぎ、早朝と呼ぶには早すぎる時間帯に、幹線道路を行く車影はまばらだった。
 京があえてそぼ降る雨の夜にツーリングに出たことには、特に意味はなかった。しいていうなら、家にいても何も手につかないからだろうか。
 大会初戦に向けて日本を離れる日が近づいているというのに、理由の判らない苛立ちが今も京の中で燻り続けていた。何かが胸の奥につかえている。それが京の集中力を削ぎ、苛立ちをつのらせていた。
 こうして雨の中を走っているのも、ひょっとしたら、その燻りを完全に消し去りたいという無意識の表れなのかもしれない。
「……何だってんだよ、いったい――?」
 KOFに参戦してくる格闘家たちとの闘いは、それを思うだけで京の血を熱くたぎらせてくれる。前回の大会で初めて相対した世界中のつわものたちが、今大会でも勝ち上がってくるだろう。彼らともう一度闘えることは、格闘家としては無上の喜びのはずだった。
 だが、何かが足りない。
 大切な何かを見落としている。
 ――そんな気がして仕方がなかった。
「――――」
 その時だった。
 奔馬のような苛立ちをかかえ込んだまま、バイクを走らせていた京のかたわらを、ガードレールをへだてて、長身の人影が通りすぎていった。時間にすれば一秒もない、一瞬の邂逅だったが、この雨の中を傘もささず、広い背中を丸めるようにして歩いていた赤毛の若者のシルエットが、どうしてか京の視界の片隅に焼きついていた。
「――――」
 数秒してから、京は慌ててブレーキをかけた。
「あいつ――!?」
 危なげなくバイクを停車させ、ヘルメットを脱いで振り返った時、すでにあの若者の姿はどこにもない。
 ただ、彼がいたであろうあたりに、わずかな陽炎が――霖雨の夜だというのに、確かにそこには陽炎が立っていた。
「…………」
 雨に濡れて額に張りついた前髪をかき上げ、京は静かに深呼吸した。
 自分の胸に開いていた小さな穴を埋めるものが何なのか、ようやく思い出せたような気がした。

      ◆◇◆◇◆

 出立を五日後に控えたその日、紅丸は大門とともに京を呼び出した。あらかじめいろいろと決めておかないと、おまえは当日空港に遅刻しかねないから――という口実をつけてのことだったが、紅丸が本当に確認しておきたかったのは、京のメンタル面のコンディションだった。
「ったく……いちいちメンド臭ぇな。おまえが呼び出したんだから、ここはおまえの奢りにしろよ?」
 待ち合わせのファミレスにやってくるなり、京はそういってメニューを開いた。
「そりゃかまわないが……おい、おまえ、何かあったのか?」
 紅丸は眉をひそめて京を凝視した。
 ふたりの前に現れた京は、あちこち薄汚れたTシャツにジャージ、それにスニーカーといったいでたちで、まるで激しいトレーニングを中座してきたかのようだった。
 京は上目遣いに紅丸を見やり、
「別に何もねえよ。何でそんなこと聞くんだ?」
「だっておまえ、努力なんざしたくないっていつも――」
「努力は嫌いに決まってるだろ? ただ、今回は最初っから全開で行きたくなったんだよ」
 いつもの京なら、言葉は悪いが、トーナメントの序盤は本気を出さない。準決勝、あるいは決勝あたりにピークが来るように、大会全体を見据えてコンディションをととのえてくるのである。
 だから、京がトーナメントの初戦にトップコンディションを持っていこうとしているのを知って、紅丸と大門は思わず顔を見合わせてしまった。
「……どういう心境の変化だ?」
「別に。特に理由なんかねえよ。……ただ、前回と同じような展開じゃ面白くねえしな」
 大門の問いに、京はそう答えた。
「どいつと当たるのかは知らねぇが、ま、初戦は俺が軽く三タテしてやるよ。楽させてやるから感謝しな」
「……そりゃどうも」
 肩をすくめ、紅丸は小さく笑った。
 この短期間に何があったのかは判らないが、少なくとも今の京からは、先日まで燻らせていた焦燥は感じられない。大門のいうように、自分自身で何かきっかけを掴み、自己解決できたのであれば、もはやあれこれいう必要はなかった。
「少し拍子抜けだけどな」
「あ? 何だよ、紅丸?」
「何でもないよ。――ああ、そこのおねえさん、オーダーいいかな?」
 京の手からメニューを取り上げた紅丸は、ポニーテールのウェイトレスに向かってとびきりの笑顔とウインクを投げかけた。

      ◆◇◆◇◆

 京が出場選手のリストの中に八神庵の名前を確認したのは、それから数日後のことだった。
                                ――完――