とびだせどうぶつの森 QRコード置き場

ここにはおもに『とびだせどうぶつの森』、『GirlsMode4』でネオジオキャラになりきるためのマイデザイン用QRコードやコーディネイト案、それにSNK関連の二次創作テキストなどを置いています。髪型や髪色、瞳の色については『とびだせどうぶつの森』の攻略Wikiを参照してください。

『八月朔日――ノット・イージー・ライダー』

 心地よい揺れにいざなわれてまどろみの縁にいたテリー・ボガードは、まぶた越しに強い光を感じてうっすらと目を開けた。
「…………」
 干し草の匂いのする乾いた空気を胸いっぱいに吸い込み、テリーはのろのろと身を起こした。
 どこまでも広がるひまわり畑と、雲でさえぎられることのない真っ青な空――その下をのんびりと走る貨物列車に揺られ、テリーは大きなあくびをした。
「――さすがに暑くなってきたな」
 七月末の強い陽射しに軽くうんざりしながら、テリーはキャップのひさしを押さえて空を見上げた。

  干し草を満載した貨物車は、無賃乗車のテリーにとってはぜいたくすぎるベッドではあったが、その優雅な旅も終わりに近づいている。テリーはナップザックの中から使い古した地図を取り出して広げると、線路と並行して走っているハイウェイを一瞥した。
「これが九〇号線か……もうサウスダコタに入ってたんだな」
 ナップザックにひとつだけ残っていたリンゴをかじり、テリーは軽く嘆息した。
 友人と待ち合せを約束した町まで、直線距離であと一〇〇キロほどはある。貨物を満載してあまりスピードの出せないこの列車が次の駅に到着するのが――何事もなければ――きょうの夕刻。問題は、そこから目的地の町まで乗せていってくれるクルマをすぐに捕まえられるかどうか、だろう。
ヒッチハイクさえうまくいけば間に合いそうなんだが……」
 地図をしまってリンゴを芯だけにしたテリーは、口もとをぬぐって安堵の吐息をもらした。
 その時、何とはなしに線路脇のハイウェイに落としたテリーの視線が、見覚えのある男を目ざとく捉えた。
「!」
 なぜこんなところに――と思ったのはほんの一瞬だった。テリーはナップザックを掴んで立ち上がると、列車の進行方法とは逆に向かって、助走をつけていきおいよく飛び出した。
「……っと!」
 身体を丸めて危なげなく線路脇の草むらへと転がったテリーは、すぐさま立ち上がると、デニムのほこりを払って歩き出した。
「ヘイ!」
 ハイウェイの路肩、一本だけ佇立している大木の木陰にバイクを停め、ミネラルウォーターのボトルをあおっている男に向かって、テリーは親しげに声をかけた。
「――珍しいところで会うじゃないか」
「あんた……テリー・ボガードか?」
 わずかに残った水を頭からかぶってひと息ついた男は、眉根を寄せてテリーを凝視したあと、あたりを見回して首をかしげた。
「――何でこんなところにいる? いったいどっから湧いて出てきた?」
「おいおい、人をなめくじみたいにいうなよ。今ここを列車が通りすぎただろ? あれに乗ってたんだよ」
「さっきのは貨物列車だったんじゃないか?」
「細かいこというなって。――それより、こんなところをバイクで移動してるってことは、あんたもスタージスに向かってるんじゃないのかい? できれば乗せてってほしいんだけどな」
「ああ、別にかまわないぞ。……修理が終わったらだけどな」
 オレンジ色のタンクトップの裾を伸ばし、ごしごしと顔をぬぐったリョウ・サカザキは、かたわらの工具箱をしめして大仰に肩をすくめた。

      ◆◇◆◇◆

 あしたからのイベントを前に、片田舎の小さな町が熱くたぎっていた。すでにアメリカ全土、さらには世界各地から、この宴に加わるべく万を超える数のバイクが陸続と詰めかけている。
「わぁ……話で聞くよりずっとすごいんだね!」
 トレーラーの窓から大きく身を乗り出したユリ・サカザキは、あたりを見回して感嘆の声をもらした。
「いやいや、本番なったらこんなもんやないで。今回は最終的には六〇万人を超えるんちゃうかな?」
「そんなに!?」
「せや」
 ハンドルを握るロバート・ガルシアが、前方を見つめたままうなずく。
 サウスダコタ州スタージス――人口約六五〇〇人のこの小さな町は、毎年八月上旬のわずか十日ほどの間だけ、その一〇〇倍にも匹敵するバイカーたちでごった返す。六〇年以上の歴史を持つ“スタージス・モーターサイクル・ラリー”の舞台となるこの町は、今や世界中のバイク乗りたち、特にハーレー愛好家にとっての聖地といっても過言ではなかった。
 キャップを押さえて窓から顔を出し、ユリ・サカザキは乾いた風に目を細めた。
「そんな小さな町に六〇万人も集まったって、泊まるところないんじゃない?」
「せやからこうしてトレーラーハウスで来てんねやろ?」
 ロバートが運転している巨大なトレーラーハウスが、田舎町へと続く道を、おびただしい数のバイクに囲まれて走るさまは、おそらくイルカの群れに交じったクジラのようにも見えるだろう。
 トレーラーを追い越していくバイカーたちに陽気に手を振っていたユリは、シートに腰を落ち着けてコーラに手を伸ばした。
「このトレーラーハウスは移動するホテルみたいなものだからいいけど、ああやってバイクで来てる人たちはどうするわけ?」
「町から少し離れたところに広いキャンプ場があんねん。祭りの間中い続けるような連中は、だいたいみんなそこですごすんやろな。……てか、あいつらみんな夜通し騒ぐよって、町から離れたところに隔離しとかんとあかんのや」
 そう説明してから、ロバートはいまさらのようにつけ足した。
「――ああ、もちろんこのトレーラーは防音もバッチリやさかい、バイクのエンジン音やらライブの音やらでうるさくて眠れんちゅうことはないから安心したってや」
「え? ライブなんかもあるの?」
「せや。ただバイク乗りが自分の愛車を自慢しに来るだけの祭りとちゃうで? ライブもあればカスタムマシンのショーもある、中古パーツをあつかう蚤の市も世界的に有名やな。掘り出しモンを捜しに来る業者もようけおるで」
「だけど、ロバートさんお仕事って、別にそういうパーツの買いつけとかじゃないんでしょ?」
「仕事ゆうたかて、半分はワイの休暇を兼ねとるもんやさかいな。ま、ウチの新商品のモニタリングっちゅうか、PRっちゅうか――」
「新商品?」
「これや、これ」
 ロバートは小さく微笑み、ハンドルを叩いた。
 もともとこの大型トレーラーハウスは、セレブ向けの“動く豪邸”として、ガルシア財団の系列企業で開発されたものである。
「このトレーラーの一階部分にはバイクを三台格納できるスペースが用意されとるんや。ホンマはクルマ用のスペースなんやけど、きょうのためにカスタムしてもらってん」
「バイクまで積んでるの、これ?」
「せや。要するに、このトレーラーがあれば、家族や愛車といっしょにどこにでも出かけられて、行く先々でレースだのツーリングだのを楽しめるちゅうわけやな」
 世のバイク乗りたちにとってはまさに夢のような代物といえるだろう。スタージスに集まってくる愛好家たちに、実際にこれを使ってるところを見てもらうことが、いわば今回のロバートの“仕事”だった。
 もっとも、一台一五〇万ドルもするトレーラーの購入を真剣に検討するのは、それこそロバートのようなモータースポーツ好きのセレブか、さもなければ全米各地を転戦するレーシングチームくらいのものだろう。はっきりいって、スタージスでの販促活動にはさほどの意味はない。
 結局のところロバートは、仕事にかこつけて、ユリと旅行がしたかっただけなのである。
「――ところでリョウのやつ、ちゃんと来とんのやろな?」
「おにいちゃんがスタージスに来たとして、無事に合流できるの?」
 トレーラーのかたわらを無数のバイクが追い越していく。前方にも後方にも、さまざまな種類のバイクが走っているのが見えた。そのすべてが、おそらくスタージスを目指している。
 ふたたび窓から身を乗り出して外を眺めたユリが、溜息交じりに呟いた。
「――何万台もバイクが集まるイベントなんでしょ? そこからおにいちゃんのバイクを捜すなんて無理だよ」
「逆や、逆。こっちを見つけてもらえばええねん。リョウにはとにかく一番デカくてゴージャスなトレーラーを捜せって伝えてあるよってな」
 ひと月以上前、リョウは武者修行の旅に出るといって、自分でレストアしたバイクにまたがってふらりとどこかに出かけてしまった。しばしばロバートやユリのところに公衆電話から連絡があるため、リョウの無事だけは確認できているものの、正確な現在位置までは判らない。スタージスのイベントの時に久々に会おうと約束したこと自体、もう一週間ほど前のことだった。
「――ま、リョウが来ないんやったらそれはそれでかまへんで。ワイはユリちゃんとふたりっきりで休暇を楽しむだけやさかいな」
 下のガレージスペースには、初心者のユリにも取り回しのしやすいカフェレーサーを積んできている。日中はユリとふたりでのんびりとバイクを転がし、夜はこのトレーラー内で休む――そんなバカンスも悪くはないだろう。

      ◆◇◆◇◆

 一〇〇キロを超える重さのバイクを押しながら、テリーはいまさらながらに自分の判断ミスを天に呪った。
「こんなことになるなら、あそこで列車から飛び降りたりするんじゃなかったぜ……」
「いっておくが、それは俺のせいじゃないぞ? あんたが俺に気づいて勝手に飛び降りたんだからな」
 革ジャンを肩に引っ掛け、下駄をからころ鳴らしながら、リョウがバイクの前を歩いている。テリーとリョウは、バイクを押す役をときどき交代しながら、もうかれこれ六時間ほど歩き続けていた。
「……それにしても、スタージスにヒッチハイクで向かおうなんて、いかにもあんたらしいな」
「マリーとの約束がなきゃ、この夏はタイか日本に行くつもりだったんだよ」
「マリー? マリー・ライアンか?」
「ああ。……自分でもよく覚えてないんだが、前に『パオパオカフェ』であいつと飲んだ時に、もし“ザ・キング・オブ・ファイターズ”がなかったら、今年のスタージスはいっしょにすごそうって約束をしたらしいんだよな、俺」
「で、無賃乗車でサウスダコタまでやってきて、今度は人のバイクの尻に乗っかってスタージスを目指そうってわけか」
「……なあ、どこか思い切り蹴飛ばしたら動くとかないか?」
 動かないバイクなどただの鉄の塊でしかない。一縷の望みをいだいてテリーが提案すると、リョウは肩越しに振り返って苦笑いを浮かべた。
「エンジンの調子がおかしくなった時に真っ先にためしたよ。……そしたら完全に動かなくなった」
「……あんた、手加減しなかっただろ?」
「それもあるかもしれないが、何しろこのバイクは、俺がジャンクヤードからパーツを集めてきて、暇を見つけて組み立てたお手製だからな。日本車みたいに頑丈だったらよかったんだが」
「どうやって車検通ったんだよ、あんたのバイク……」
 テリーは大きな溜息をもらし、かぶりを振った。
 間もなく完全に日が沈み、夜がやってくる。大都市圏と違って、このあたりの道には街灯などというものはない。テリーたちは、やがて訪れる夜の闇の中を、わずかな星明かりだけで進まなければならないのである。
「なあ、この道はスタージスに続いてるんだよな?」
「ああ」
「そのわりには、さっきからほとんどバイクが通らないんだが」
 同じスタージスを目指しているバイカーならば、困っている仲間を見て救いの手を差し伸べてくれるかもしれない――そんなテリーの淡い期待は、この六時間で何度も打ち砕かれていた。
「夜じゃ人目につかないだろ」
 いまさら何を聞くんだといわんばかりに、リョウは即座に答えた。
「スタージスにやってくるバイカーの大半は、自分の愛車を自慢したくて仕方がないって手合いだ。だから日中、人目がある時間を選んでスタージス入りをするんだよ」
「それじゃ何か? スタージスに向かうような連中は、もうこの時間はどこかそのへんのモーテルで休んでるってことか?」
「ああ。たぶんあしたの昼間は、この道もスタージスに向かうバイクの群れで埋め尽くされるんじゃないかな」
「ちょっと待て、それじゃまさか、夜が明けて同好の士がここを通るまで、俺たちはこいつを押して歩かなきゃいけないってことか?」
「道なりにこのまま行けば、小さなダイナーがあるはずだ。そこまで行けば、スタージスに向かうバイカーたちがいると思う。運がよければ交換用のパーツも手に入るかもしれない」
「……俺もたいがいこの手の行き当たりばったりな旅には慣れてると思ったが、あんたのほうが一枚上手らしい」
 バイクを押す役回りをリョウに返し、テリーは首筋に手を当てて溜息をついた。
 テリーは自分のことを、細かいことにはこだわらない、飄々とした性格の人間だと思っていたが、リョウ・サカザキはそれ以上だった。もし飄々としているというのがふさわしくなければ、達観しているといえばいいのかもしれない。何が起こっても動じることなく、むしろそのトラブルさえ自分を鍛えるためのものとして受け入れ、淡々と乗り越えていく――愚直なまでにその姿勢をつらぬけることに、テリーはリョウの強さの根本を見たような気がした。
「見ろ、テリー」
 空きっ腹をさすりながら歩いていたテリーは、リョウのその声にふと顔を上げた。
「明かりが見えてきたぞ」
「やれやれ……助かったぜ。次の駅で何とかするつもりだったから、水も食い物も底を尽いてたんだ」
 腹のあたりを押さえ、テリーは笑った。
 そのダイナーのネオンサインはもうほとんど切れかけていて、何という店名なのかは判然としない。しかし、窓からは明かりがもれているし、店の前にはモンキーハンドルの大型バイクが停まっている。営業中なのは確実だった。
「このハーレー、かなりいじってあるな。こういうのに乗ってるバイカーなら、あんたの愛車も直せるんじゃないか?」
「……だといいが」
 ダイナーの前までバイクを押してきたリョウは、テリーの軽口に対して何やら神妙な表情をしている。その理由が判らず、テリーは首をかしげた。
「どうしたんだい?」
「いや――たぶん俺の気のせいだろ」
 先客のバイクから少し離れたところにリョウの愛車を停め、ふたりはダイナーに足を踏み入れた。
 もう閉店が近いのか、あるいは何かほかに理由があるのか、店の中はがらんとしていた。カウンターの内側にいるひょろっとした老人が、おそらくここの店主なのだろう。客はといえば、テリーたちに背を向けてカウンター席に座っている男がひとりいるだけだった。
「まだ営業時間かな?」
 キャップを押し上げてテリーが尋ねると、老店主は小さくうなずき、壁にかかったブラックボードを指さした。ホットドッグにハンバーガー、フライドポテト――どこででも食べられそうなメニューだが、空腹のテリーたちにはありがたかった。
「さすがに腹が減ったな。リョウ、あんたは何にする?」
「食えれば何でもいい。特に嫌いなものはないからな」
「おいおい、ノリが悪いな。どうしたんだい?」
 メニューからリョウの顔へと視線を戻したテリーは、彼がじっと一点を見つめていることに気づいた。
「……まさかこんなところで“無敵の龍”と“伝説の狼”に会うとはな」
 リョウのまなざしがそそがれていることに気づいていたのか――カウンター席の男が、丸みを帯びたその身体を揺らして低い声で笑った。
「……誰だ、あいつ?」
 テリーが小声で尋ねると、リョウは眉間に気難しげなしわを刻んだまま、
「どこかで見た覚えがあるような気がしてたんだが、やはり表にあったのはおまえのバイクだったか。――おまえこそどうしてこんなところにいる?」
「つまらねえことを聞くなよ、リョウ」
 ゆっくりと振り返った男は――素肌の上から革ジャンをはおり、剥き出しの腕に髑髏のタトゥーを入れていた――手にしていたジョッキをひと息に空にすると、スツールをみしりときしませて立ち上がった。
 上背でいえば、テリーとたいした違いはなかった。ただ、ウェイトは間違いなくこの男のほうが重い。少なく見積もっても一二〇キロはあるだろう。ただ、単なる肥満漢というわけでもなさそうだった。人並みはずれたパワーを生み出す筋肉とダメージを吸収する脂肪の層を兼ね備えた、たとえるならプロレスラーのような肉体の持ち主といっていいかもしれない。
 ブラックレザーとシルバーアクセサリーで武装した大男は、ゆっくりとテリーたちのテーブルのところにやってくると、リョウを見下ろしてふてぶてしく笑った。
「――それにしても久しぶりだな。元気そうじゃねえか」
「…………」
「そう露骨に嫌そうな顔をするんじゃねえよ。……別に俺だって、ここでおめえとやり合うつもりはねえんだ」
「やっぱり知り合いなのか、リョウ?」
「ああ……以前、何度かな」
「俺はジャック・ターナーってんだ」
 口が重いリョウに代わって、バンダナの大男――ジャックがみずから名乗った。
「――〈ネオ・ブラックキャッツ〉ってグループ、聞いたことねえか?」
「あいにくだが、俺はサウスタウンを留守にしがちなんでね」
「バカがつく正直者だな、テリー・ボガード。リョウと馬が合うわけだ」
 素直に知らないと答えたテリーに腹を立てた様子もなく、ジャックは空いている椅子を引いて腰を降ろした。どうやらリョウとジャックの間には何か因縁があるらしいが、テリーはこの男に、さほど悪い印象を覚えなかった。
 店の主人が運んできてくれたホットドッグとコーラにさっそく手を伸ばし、テリーはいった。
「ひょっとしてあんた、モーターサイクル・ギャングってやつかい?」
「まあな。……ただ、身内に血の気の多い連中が多いのは確かだが、誰彼かまわずケンカを吹っかけたりはしねェよ。俺たちはあくまでバイク乗りだからな」
「てことは、あんたらもやっぱりスタージスに?」
「この季節にこんなところへ来る理由がほかにあるのかよ」
「そのわりには数が少なくないか?」
 窓のほうを見やり、リョウが怪訝そうにいった。
「――おまえのところはもっと大所帯だったはずだろう?」
「残りの連中もあしたには着くさ。……ただ、俺はここのマスターと古い顔馴染みでな。ちょいと込み入った話があったもんだから、ひとりで先乗りしたってわけだ」
 ジャックの説明によると、残りのメンバーとはあしたの朝にここで合流し、グループの旗をかかげて全員でスタージスに向かうのだという。
「へえ、そいつは楽しそうだな。――なあ、リョウ! 俺たちもそのパレードに交ぜてもらわないか?」
「……それ以前に俺のバイクは故障中だ。パーツを交換しなきゃ走れない」
「何だよ、エンジン音がしなかったから妙だとは思ったが、そういうわけか? ……そういや確かおまえは、お手製のバイクに乗ってたっけな」
「よけりゃあワシが見ようか?」
 グラスを磨いていた老店主が、三人の会話が途切れたところにさりげなく口をはさんできた。
「――ワシも昔はバイクに乗っとったし、そこのぶきっちょジャックよりはメカに詳しいでな」
「ぶきっちょは余計だぜ、マスター。……だが、だったらちょうどいい、ちょいと仕事をするつもりはねェか、リョウ?」
「仕事?」
「いちいち睨むなよ。別に後ろめたい仕事じゃあねェ。……実をいえば、俺が舎弟どもを置いてひとりで先にここへ来たこととも関係のある話なんだがな」
「おい、ジャック……それはワシらの問題だ、よそさまを巻き込むわけには――」
「いや、聞かせてくれよ。何だか面白そうじゃないか」
 ジャックの口ぶりと老店主の浮かない顔からして、何やらわけありらしい。コーラのボトルを片手に、テリーは軽く身を乗り出して話の続きを急かした。
「……ここ何年か続けて、この時期になるとやってくる連中がいてな。どうやらベガスのほうから来てるらしいんだが」
「やってくるって、スタージスにってことかい? そいつらもバイク乗りなのか?」
「ああ……だが、俺がいうのも何だが、こいつらはたちが悪くてな。道中、ほかのバイカーを見つけて煽る程度ならまだましなほうで、場合によっては強盗に早変わりするだの、沿道のスタンドやモーテルを襲うだの、数に任せてやりたい放題らしい」
「何? そんなのが野放しになってるのか? いったい警察は何をしてる?」
「この時期は警察もスタージスのほうばかり見てるからな。こっちまで手が回らねェんだろうさ」
「実はこの店も去年やられてね」
 コーヒーカップを手に、老店主もジャックの隣に椅子を運んできて腰を降ろした。
「――さいわい、ワシは地下室に籠もってことなきを得たが、レジの金と高い酒、それにガレージに置いといたガソリンを根こそぎ持ってかれちまったよ」
「やれやれ……世が世ならただの馬賊だな、そいつら」
 腕組みをしたリョウは、ゆっくりと回転している天井のシーリングファンを見上げて嘆息した。
「スタージスにはあちこちから万単位のバイクが集まってくるからな。その中にまぎれ込んじまえばそう簡単には見つからねェ。警察だってこの時期は特に人手が足りねェから、窃盗くらいじゃ本腰を入れてられねぇのさ。連中もそこをわきまえてるからか、一線を超えたりはしねェってのが……ま、不幸中のさいわいというか、腹の立つクレバーさってところだな」
「おいジャック、おまえまさか――」
 リョウは目を細め、ジャックを見据えた。
「そいつらが今年もまた来ると考えてるのか?」
「ここんところ毎年スタージスに来てるんだ、今年もたぶん来るだろうぜ」
「だとして……いったいどうするつもりだ?」
「連中のせいで、このへんにあった馴染みの店が何件か潰れちまった。このままじゃこの店もやべェ。……だったらやることはひとつしかねェだろ?」
「なあ、その連中、数はどのくらいいるんだい?」
「バイクが約二〇台、頭数でいやぁ三〇人前後ってところかな」
「おまえ……そいつらをひとりで迎え撃つつもりだったのか?」
「ウチのグループはな、ビッグのハゲ野郎に牛耳られてた頃とはもう違うんだよ」
 黒猫のエンブレムが刺繍された革ジャンの胸のあたりを拳で叩き、ジャックは忌々しげにいった。
「……ウチの連中が総出でかかれば、そりゃあ簡単にケリはつくだろうぜ。だがよ、そこまでやったらもうグループ同士の真正面からの抗争になっちまう。せっかく生まれ変わった〈ネオ・ブラックキャッツ〉をまた潰すはめにもなりかねねえ」
「だからあんたひとりでやろうってのかい? 無茶だな、まったく……」
「ハワード・コネクションを向こうに回して派手にやらかしてるおめえにだけはいわれたくねェな」
 あきれたようなテリーの呟きに、ジャックは野太い笑みで応えた。
「――しかしまあ、援軍なら大歓迎だぜ」
「要するに、仕事ってのはつまり助っ人ってことか」
 ようやく話が見えてきたテリーは、リョウと顔を見合わせた。
「なあリョウ。あんた、おんぼろバイクを自力で修理するのとゴロツキをブン殴るの、どっちがいい?」
「おんぼろは余計だろ。――もしこれが単なる暴走族同士の縄張り争いなら、わざわざ首を突っ込むつもりはないが」
 リョウはちらりとジャックを一瞥した。
「どうやらおまえのいうことに嘘はないらしい。素行不良のバイク乗りを、ひとり頭一二、三人も殴り倒すだけで俺のバイクが走るようになるなら、そっちのほうが確かに楽だろうな」
「ついでにここの支払いも頼めるかい?」
 テリーのその言葉に、リョウとジャックが同時に噴き出した。

      ◆◇◆◇◆

 スタージスの町から数キロほど離れた場所にあるバッファローチップは、一〇万人近い人間を収容できる広大なキャンプ場である。イベント本番を翌日に控え、すでにそこは無数のバイクとテント、あるいはキャンピングカーに埋め尽くされ、そちこちで焚かれた火が、七月最後の星空を赤く染め上げるかのようだった。
「――え? それじゃマリーさん、ここでテリーさんと待ち合せるつもりだったの? ホントにここで? この場所で?」
「あらためて言葉として聞くと、わたしのその判断がいかに甘かったのかを思い知らされるわ」
 溜息交じりにうなずいたマリーは、あたりを見回しながらワインを飲み干した。
「こんな混沌とした場所で携帯電話も持ってないテリーと合流するなんて、やっぱり不可能よね。あの時はわたしもけっこう酔ってたから……」
「へー、マリーさんでも深酒しちゃうような時があるんだね」
 意味ありげに笑って、ユリは携帯用のコンロにかけた鍋をゆっくりかき混ぜた。ロバート自慢の大型トレーラーには、一般家庭のそれよりも充実したキッチンがついているが、せっかくだからキャンプめいたことをしたいというユリの要望で、こうして屋外で食事をしているのである。
「――せやけど、アンタかてこのトレーラーを見にここへ来たんやろ?」
「ええ。さすがにこれはバイクの群れの中でも目立つしね」
 焚火の照り返しを受けて赤銅色に輝くトレーラーを見上げ、マリーは苦笑した。
「――物珍しさに近寄ってみれば、見覚えのある顔が焚火を前に料理してるんだもの。驚いたわよ」
「えへへ……キャンプといったらやっぱりこれでしょ! はい、甘口カレー!」
「ユリちゃんも好きやなー」
「日本人は大好きらしいわね」
「あ、そういえばマリーさんも……」
「ええ。祖父が日本人よ」
 アメリカではまだ日本風のカレーはそこまでメジャーではなかったが、ユリから皿を受け取ったマリーは、ためらうことなく甘口カレーを食べ始めた。
「何かすっごく楽しい! ねえマリーさん、こっちにいる間はここでいっしょに泊まろうよ! このトレーラーの主寝室、わたしたちが並んで寝てもまだ余裕あるくらいに大きいの!」
「わたしは願ったりかなったりだけど……いいのかしら、御曹司? わたしなんかがお邪魔しちゃっても?」
 マリーは目を細め、意味ありげにロバートを見やった。
「かまへかまへん、遠慮せんといてや。……その代わり、ガンガンSNSに写真アップして宣伝してくれたらええねん。ウチの新商品やさかいな」
 ロバートからすれば、ユリとふたりきりの時間に水を差された気がするのは事実だったが、どのみちリョウと合流していれば、そんな甘い雰囲気にはひたれなかったのである。何かと汗臭いことをいうリョウよりは、マリーのほうがまだましかもしれない。何より、ユリが楽しんでくれるのならそれが一番だった。
「それにしても……テリーにしろリョウにしろ、今頃どこで何をしてるのかしらね」
「案外どこかで偶然出会って、タンデムでここへ向かってたりして」
「いやいやいや、さすがにそないな都合のいい話はあれへんて」
 ロバートはユリの言葉を笑い飛ばし、女性陣のグラスにバルバレスコをそそいだ。

      ◆◇◆◇◆

 砂利の上で軽くストレッチをしながら、テリーはきょうの星空を見上げた。雲間に隠れたのか、月は見えない。おそらくこの店からほんの一〇メートルも離れてしまえば、もう自分の履いている靴の爪先さえ見えなくなるだろう。
「……本当に来るのか?」
 闇夜に向かって静かに空手の演武を続けていたリョウが、ようやくその動きを止めてジャックに尋ねた。
「例年なら、祭りが始まるの前の晩、だいたいこのくらいの時刻に来るらしい。……おそらく連中は、バイカーどもが前夜祭で盛り上がってるところに、わざわざ目立つように乗り込んでいきたいんだろうぜ」
「その時間から逆算するともう間もなく、ってことか……」
 テリーの呟きが終わらないうちに、どこか遠くからけたたましいクラクションの音が聞こえてきた。
「……急にやかましくなったな」
 肉厚のライダースでは動きにくいと、リョウはすでにいつもの空手着に着替えをすませている。完全にアップも終え、その背中からはかすかに湯気が立ち昇っていた。
「あの底が抜けたようなマフラーの音……間違いない、あいつらだ」
 老店主がいうと、ジャックは店のほうを振り返り、
「マスターは中であしたの仕込みでもしといてくれ。ウチの連中にうまいもんを食わせてやりたいんでな」
 革手袋をはめた拳を叩き合わせ、ジャックは店の脇に立つ風車へと歩み寄った。
「何をする気だ、ジャック?」
「連中には、ぜひここに立ち寄ってもらわなきゃならねェだろ? 今年にかぎって素通りなんてことになったら、意気込んでる俺たちが馬鹿みてェじゃねえか、なあ?」
 風車を建てる際に使った材木の残りなのか、長い間そこに放置されていたとおぼしい丸太をかるがるとかつぎ上げ、ジャックは幅の広い道路の真ん中へ立った。
「ここから先は通行止めだ」
 直径五〇センチがあろうかという丸太を道に横たえ、ジャックは不敵に笑った。モトクロッサーならまだしも、ツーリング用のバイクでこの障害は越えられまい。
「……来たぜ」
 正面から射してきたロングビームに目を細め、テリーはキャップを目深にかぶり直した。すでに向こうでも、路上に立つ三人に気づいているに違いない。耳障りなクラクションとパッシングが、徐々にこちらに近づいてくる。
 ヘッドライトの数を数え、テリーはいった。
「……あんたから聞いていたより数が多くないか?」
「そうか?」
「とぼけるなよ。二〇台どころか三〇台近くいるように見えるぜ?」
「俺にもそう見えるな」
 テリーとリョウの冷ややかなまなざしに、ジャックはばつが悪そうな苦笑を見せた。
「こりゃあアレだ、その……誤差の範疇ってやつだろ?」
「いい加減だな、おまえ」
 リョウが履いていた下駄を後方へと脱ぎ捨てる。すでにその全身には覇気が満ち始めていた。
「てめェら何のつもりだ!?」
 丸太の手前でハーレーを停めたサングラスの男が、エンジン音に埋もれまいとして大きな声を張り上げた。その後ろには、三〇台のバイクとそれ以上の数の男女が控えている。確かにあまりお近づきにはなりたくない、粗暴な雰囲気を隠そうともしない連中だった。
「おい! 俺たちが――」
「最後まで聞く必要はねェな」
 ジャックの身体が一瞬沈み込んだように見えた次の瞬間、サングラスの男がバイクもろとも吹っ飛び、仲間たちを巻き込んで派手に転がった。
「――てめェらのヤンチャには、俺の知り合いが何人も迷惑かけられてるんでな」
 ダイナミックなドロップキックで男を吹き飛ばしたジャックは、のそりと起き上がって軽くほこりを払った。あの体格で、しかもほとんど助走を必要とせず、あれほどの跳躍ができるというのは、もはや一種の異能という以外にない。
 さらにジャックは、突然のことに唖然としていた別の男を引き寄せると、その顔面に無造作にヘッドバッドを叩き込んだ。
「ぶ、ぁ……!」
 赤い噴水のような鼻血を噴き、この男もかるがると吹き飛んでいった。
「……ビッグ・ベアよりひと回り小さく見えるが、パワーならそこそこいい勝負をしそうだな」
 テリーが感嘆の呟きをもらすと、リョウは肩をすくめ、
「ウソかホントか、小学生の頃にサーカスから逃げ出したクマを素手で絞め殺したって話だ」
「ベアキラーってわけか……あんなのとやり合ってきたんだ、あんたが強いわけだよ」
「おい、おめえら! くっちゃべってないで少しは手伝いやがれ!」
 我に返ったバイカーたちと乱闘を開始していたジャックが、テリーたちを振り返ってわめいている。
「おっと……俺たちも行こうぜ」
「そうだな。俺のバイクに足りないパーツも、こいつらからいただけそうだ」
 テリーとリョウは軽くうなずき合い、ジャックに続いて戦いの場へと飛び込んでいった。

      ◆◇◆◇◆

 久しぶりに再会した男たちは、なぜかふたり揃ってボロボロで、あちこちに包帯を巻いたり青痣をこしらえたりしていた。リョウのことはいわずもがな、テリーのこともそれなりによく知っているロバートが、ふたりがどこかでストリートファイトをしてきたのではないかと真っ先に疑ったのは、ある意味では当然のことだろう。おそらくユリやマリーの脳裏によぎったのも、そうした可能性だったに違いない。
「自分らなあ……いったいどこでそないになるほどやりおうてきたんや!? 別にやらかすのはかまへんけど、ええ年した大人が約束も守れんちゅうのは――」
「会うなり小言はよせよ、ロバート」
 トレーラーの洗面台で顔を洗って出てきたリョウは、タープの下に並べられた椅子に腰を降ろすと、携帯コンロにかけられたままの鍋を覗き込んだ。
「……だいたい、おまえと約束したのは八月一日にスタージスで合流するってことだけで、細かい時間までは決めてなかったはずだぞ?」
「ああ。俺たちだって確か時間までは決めてなかったよな、マリー?」
 リョウの尻馬に乗るように、悪びれもせずテリーは笑っている。ゆうべのカレーをあたため直していたユリが、溜息交じりのあきれ顔でいった。
「おにいちゃんもだけど、テリーさんもそういう屁理屈いって恥ずかしくないんですか? ホント、いいオトナでしょ、ふたりとも?」
「別に俺たちは遊んでて遅れたわけじゃないぞ」
「ほなら何やねん? 自分ら、どこぞでケンカしとったんとちゃうんか?」
 ロバートの言葉に、よく冷えたバドワイザーを飲んでいたテリーが、リョウと顔を見合わせて苦笑した。
「俺だって、ヒッチハイク相手にケンカを吹っかけるほど恩知らずじゃないぜ? ――そもそも俺たちが本気でやり合ったら、おたがいこのくらいの怪我じゃすまないとは思わないか?」
「そらまあ……」
「じゃあいったい何があったの? わたしたちを待たせるだけの理由があったんでしょうね?」
「それは――」
 マリーの問いに答えようとしたテリーが、その時、何かに気づいたように腰を浮かせた。
「ヘイ! あれ見ろよ!」
 おびただしい数のテントやキャンピングカーの群れの向こうを、揃いの革ジャンを着たバイカーたちが悠然とハーレーで流していくのが見えた。ほこらしげにかかげられたチームフラッグには黒猫が描かれている。
「あれ……もしかしてジャックとちゃうんか!? リョウ、あれ見てみいや、ジャック・ターナーやで!」
 先頭のハーレーにまたがっている男を見て、ロバートが驚きの声をあげた。しかし、リョウはそれをちらりと一瞥しただけで、カレーをかき込む手を止めることさえしなかった。
「……あいつだってバイク乗りの端くれなんだ。だったらここにいたっておかしくないだろう?」
「せやけどな……」
「それにしてもあなた、ジャック・ターナーのことよく知ってたわね?」
「俺だってサウスタウンの人間なんだぜ? 〈ネオ・ブラックキャッツ〉の名前ぐらい聞いたことあるさ」
「…………」
 調子のいいことをいうテリーをじろりと睨んで、リョウは二杯目のカレーに手をつけた。
 ゆうべリョウとテリーがジャックの助太刀として大立ち回りをやらかしたことについては、三人で話し合った結果、他言無用ということにしておこうと決まった。
「おめえらの助けを借りたなんてことが仲間に知れたら、俺のメンツにかかわるじゃねえか」
 ジャックはそういって笑っていたが、それがあの男なりの気遣いだということを、リョウは何となく察していた。
 今後またあの手の連中とトラブルが生じたとしても、それはあくまでジャックが背負っていく因縁であって、リョウたちには迷惑をかけるつもりはない――おそらくジャックはそういいたかったのだろう。不良のわりには、というより、不良だからこそ、筋を通したかったのかもしれない。
「……いい年をして不良なんかやっていないで、本気で格闘技に専念すれば大成するだろうになあ」
「生き方は人それぞれさ。俺だってあんたから見れば、とても専念してるようには思えないだろ?」
 リョウの隣に腰を降ろしたテリーが、ちびちびとビールを飲みながら呟く。
「俺にあんたみたいな……いや、アンディの半分も生真面目さがあったら、どんな人生を歩んでたかなって想像する時があるよ」
「それで?」
「いくら想像しても、そういう自分がまるで思い浮かばくてね。どうやら俺にはこういう生き方しかできないらしい」
「……ジャックといいあんたといい、もったいないな」
 立て続けに三人前のカレーを腹に納めてようやく人心地ついたリョウは、ミネラルウォーターをあおってうなずいた。
「ただ、そういう自由な生き方ができるあんたが少しうらやましくもある。結局のところ、俺には親父が作ったこの空手しかないからな……」
「それこそ隣の芝生ってやつだろ。親から子へそうやって受け継がれていくものがあるって、俺はいいと思うぜ?」
「……ねえ、おにいちゃんとテリーさん、さっきから何をこそこそナイショ話してるわけ?」
 眉間に小さなしわを寄せ、ユリがふたりの顔を交互に見据える。
「そもそもさ、おにいちゃんたちって、そこまで仲よくなかったよね? 大会の時にたまに顔を合わせるくらいで?」
「いわれてみればそうね……あなたたち、やっぱり何かあったんじゃない? 何だかあなたたちからは共犯関係みたいな匂いを感じるわ」
「何やて? まさか自分ら、バイクのパーツ泥棒でもしてきよったんちゃうやろな!?」
「ちょっと待て、なぜそうなる?」
「せやかてそのバイク、何や不釣り合いなほどピカピカのパーツが増えとるやんけ! マフラーやらミラーやらヘッドライトやら……完全にヘタっとったはずのシートも本革になっとるし!」
「あ、いや、これは……」
 ゆうべ叩きのめしたバイカーからいただいたパーツだともいえず、リョウは困ったようにテリーを見やった。
「別に何も悪いことなんかしちゃいないぜ? ――何しろ俺たちふたりとも懐がさみしかったからな。ここへの道中は目についたダイナーやモーテルでバイトして食いつないできてたんだよ。このパーツは、いってみればバイト代の一部ってわけさ」
「何や、自分らそんな食うや食わずの武者修行しとったんか?」
 テリーの言葉は一の真実を九九の嘘で限界まで薄めたような代物だったが、いかにもそれらしく聞こえたからか、ロバートたちはすんなり信用してしまったようだった。
「あのね、ふたりとも。そういう精神論だけじゃ強くなれないんだってそろそろ理解したら? きちんとした食事と質のいい休息がなきゃ、いくらトレーニングしたって逆効果なんだから」
「その考えも判らんじゃないが……俺たちはほら、なあ?」
「ま、自分でいうのも何だが、不器用な人間だからな」
 そういって顔を見合わせ、リョウとテリーは苦笑した。
                                ――完――