とびだせどうぶつの森 QRコード置き場

ここにはおもに『とびだせどうぶつの森』、『GirlsMode4』でネオジオキャラになりきるためのマイデザイン用QRコードやコーディネイト案、それにSNK関連の二次創作テキストなどを置いています。髪型や髪色、瞳の色については『とびだせどうぶつの森』の攻略Wikiを参照してください。

『小烏丸』 前段

 赤い。
 障子を透かして茜色の西日が射している。その陽射しを受けて、盆の上で、小さく引き締まったりんごがふたつ、赤く輝いている。
「御所でいただいてきたものです。どうぞ遠慮なさらず」
 老僧はそういって、右京のほうに盆を押しやった。
「……かたじけない」
 薄っぺらい布団の上に身を起こした右京は、ゆっくりとした所作で頭を下げ、軽く咳き込んだ。

  天明七年、長く続く天変地異と飢饉はこの国の髄まで蝕んでいた。労咳を得て病みおとろえた我が身よりも先に、この国のほうが朽ち果てるのではないか――世俗のことにはあまり気が向かない右京ですら、しばしばそう感じることがある。
 このような時に、病を押してまで、あるかどうかも判らぬ花一輪を捜して右京は旅を続けている。洛北、愛宕山にほど近いこの寺に厄介になっているのは、旅の途次、右京が門前で喀血したからである。
「ひと頃は、五万人を超えたそうでございますよ」
 りんごの盆の隣に薬湯の湯飲みを置き、老僧は嘆息した。
 つい先日、飢饉に飢え苦しむ人々が救いを求め、あちこちから御所へと集まってきた。右京が最初に聞いた話では、その数は三万といい、老僧によれば五万だという。あるいはもっと多かったのかもしれない。
 そんな人々に対し、先の帝から三万個のりんごが配られたというが、それで腹がふくれたという者はいないだろう。
「…………」
 右京は小ぶりなりんごを手に取り、口をつけるでもなく、じっとそれに見入った。
「時にお武家さま」
 西日に目を細め、老僧はいった。
「珍しい花を捜しておられるとか」
「はい。……何かご存じで?」
「そういうわけではないのですが」
 申し訳なさそうな老僧の返事にも、右京はさして落胆しなかった。これまでに何度となく繰り返してきたこうしたやり取りに、すでに右京も慣れつつあった。
「――ただ、拙僧の知り合いに、手広くあきないをやっている御仁がおりましてな。北は松前、南は長崎や薩摩の商人ともつき合いがあるそうで」
「それは……」
 凪いでいた右京の心にわずかに波が立った。
「諸国の事情に明るい御仁ゆえ、お武家さまがお捜しの花について、何か知っておるやもしれません」
「御坊、その御仁はいずこに……?」
「洛中に居を構えております。あしたにでも案内の者を――」
「ただちに」
 右京はかたわらの愛刀を掴み、それをささえとして立ち上がった。
「ですが、お身体が……」
「仔細ござらん」
 りんごをふたつ、ふところにしまって、右京は暮れゆく陽射しに目を細めた。

      ◆◇◆◇◆

 胸の病さえなければ、日に一〇里を行くくらいわけはない。
 が、今の右京にはそれもままならぬ。世話になった寺を辞去した右京が、病み疲れた身体を引きずるようにして洛中にたどり着いたのは、とっぷりと日も暮れた頃のことであった。
 寺から借りた提灯を片手に歩くこの大路にも、日中であればそれなりの人通りもあるに違いない。しかし、天下をおおう暗雲は京の都のそちこちにも影を落としている。路地には痩せこけた野良犬がうろつき、吹き抜けていく乾いた風が、穴の開いた桶を転がしていた。
 ふと胸の奥から込み上げてくるものを感じ、右京は塀に寄りかかって口もとを押さえた。
「ぬ、ふ――」
 痩せた胸もとに吹き込む夜風が心地いいのは、おそらくまた熱が出てきたせいだろう。何度か咳き込んだ右京は、血の混じった痰を吐き捨てると、大きく息をついてふたたび歩き出した。
 世話になった僧にしたためてもらった書状は、三条大橋近くの大きな商家に宛てたものだった。手広く商売をしているそこのあるじであれば、まだ右京が行ったことのない土地の物事――右京が求める究極の花について、何か知っているかもしれない。
 その時、どこかから呼子の音が聞こえてきた。それに続いて、かすかに剣戟の音や野太い怒声、喚声が聞こえる。さほど遠くないところで、無数の男たちが争っているようだった。
 右京は崩れかけた塀の穴に提灯の柄をねじ込むと、やや腰を落として刀の鞘に手を添えた。
「――――」
 次の瞬間、右京の頭上を黒い影がよぎった。時をわきまえない大きな烏かと、軽く咳き込みながら右京が顔を上げると、向かいの荒れ寺の仏塔の上に、かぐろい影がうずくまっている。
「……!」
 今宵の冴え冴えとした月を背負って、黒い大鎧を着込んだ男が、仏塔の屋根の上に立ち上がるのが夜目にもはっきりと見て取れた。
 向こうのほうでも右京に気づいたのか、男がじっとこちらを見つめている。どうやら面頬をつけているようで、顔ははっきりとは判らない。が、あの鎧姿で、しかも幅の広いこの通りをかるがると飛び越えたのである。尋常の者とは思えない。
「…………」
 鎧の男が右手にたずさえていた長巻の切っ先が、殺気をはらんで揺れるのを見て、右京もまたわずかに鯉口を切って身構えた。
 しかし、ついに鎧の男は長巻を振るうことなく、足元の瓦を踏み割って飛び上がり、そのまま仏塔の向こう側へと姿を消してしまった。
「……月」
 刀の柄から手を離し、右京は提灯を取って月を見上げた。
「月、月……冴え渡る、いや、月冴ゆる――」
 頭の中に浮かびかけた句をひねくり回しながら、右京はふたたび歩き出した。

      ◆◇◆◇◆

「それは烏天狗ですな」
 右京と相対した播磨屋は、杯を置いてそう答えた。
「――ご公儀のやり方は間違っているとかどうとか、あれこれいっているようですが、とどのつまりは義賊を気取ったただの盗っ人ですよ。京、大阪でいくつもの大店が狙われて難儀していると聞いております」
 畿内でも指折りの商人と名高い播磨屋太夫は、聞いていた通りの数寄人のようで、その屋敷は、見事な壺や掛軸、はては阿蘭陀渡りのからくり時計など、江戸であってもなかなかお目にかかれないような逸品であふれ返っていた。
「かくいう私も、いつか烏天狗に襲われるのではないかと気が気ではございません。何とも心細いかぎりでして――」
「左様ですか」
 蒔絵細工の文箱を自慢していた播磨屋の言葉をなかば聞き流し、右京は細い溜息とともに箸を置いた。
 目の前の膳には瀟洒京料理の鉢や椀が並んでいる。これらの器もまた見事なものであったが、江戸ですら餓死する者が出ていることを思えば、もとより食の細い右京でなくとも、さほど食指は動くまい。
「……播磨屋どの」
 酒の代わりに白湯をいただき、右京は切り出した。
「御坊からの書状にもあった通り、私はある花を捜しております」
「ああ、はい。拝見いたしました。あの寺のご住職とは、先々代の時に鐘を寄進して以来の長いつき合いで、その鐘というのも――」
「花を」
 ここからまた冗長な自慢話が続きそうな気がして、右京は播磨屋の言葉を無遠慮にさえぎると、溜息を交じえて繰り返した。
「……花を捜しております。播磨屋どのは、諸国の商人と取引をなさっておいでだそうですが、どこかでそのような花の噂なりと、耳にしたことはございませぬか?」
「そのような花と申されましても……いかような花でしょう?」
 播磨屋から問い返され、右京は答えに詰まった。右京が追い求めている究極の花が、どのような形をしていて、どのような色をしていて、どのような香りがするのか――肝心なところは、右京にも判らないからである。
「……とにかく、たぐい稀な素晴らしきものかと」
「何とも雲を掴むようなお話ですが……」
 困惑の顔つきで天井を見上げた播磨屋は、はたと何かに気づいたかのように、膝を打って身を乗り出した。
「でしたら橘さま、我が屋敷にしばらくご逗留くだされまいか?」
「は……?」
「近々、長崎から荷が届くのですが……あ、これは商売とはかかわりのない、いってみれば私の道楽のものでしてな。異国渡りの珍しいものを、片端から買いつけさせておるのです。で、このたびの荷の中に、確か阿蘭陀で書かれた『本草綱目』のようなものがあるはずでして」
「ほう……」
本草綱目』は明の国で記された書物である。おもに漢方の材料となる植物や動物について書かれており、右京も翻訳されたものに目を通したことがあるが、あいにく、究極の花と呼べそうなものについての著述はなかった。
 しかし、西洋で記されたそのような書物になら、あるいは右京が求める花のことが書かれているかもしれない。
「荷が届くまでの間、どうぞ我が屋敷でおくつろぎください。それまでに、阿蘭陀の文字が読める者を捜してまいりますゆえ」
「それは……かたじけない」
 願ってもない申し出に、右京は静かにこうべを垂れた。

      ◆◇◆◇◆

 肺の病に疲れ果てた身体は眠りを欲するが、思い出したように突き上げてくる咳のせいで、ここ数年、安らかに眠れたためしがない。
 その日は播磨屋の座敷に上等な寝床を用意してもらい、早々に横になったものの、やはり眠りは浅い。ただ、右京が未明にふと目を醒ましたのは、別段、肺の病のせいではなかった。
「――――」
 床から身を起こし、右京は静かに障子を開けて縁側へ出た。
 さすがに京でも指折りの豪商というだけあって、播磨屋の屋敷は広い。領内の飢饉や幕府への賦役に喘いでいる諸藩の大名などより、こうした商人たちのほうが、実はよほどいい暮らしをしているのではないか――ぼんやりとそのようなことを考えながら、右京は手にしていた刀の鞘を帯に差した。
「そこのおかた……私に何用か……?」
「……気づいたか」
 右京の双眸は、瀟洒な庭の池のほとりに置かれた奇石をじっと見据えている。淡々とした右京の問いに応じたのは、その奇石の陰にひそむ何者かであった。
「肉体は病みおとろえようとも、その剣気、いささかも色褪せておらぬ……返す返すも惜しいな。病にさえ冒されておらねば――」
「半蔵どのでござったか」
 聞き覚えのある声に、右京はいったん帯に差した鞘を抜くと、ひと息ついて縁側に座した。
「……よもや繰り言を述べるためにいらしたわけでもございますまい?」
「いかさま」
 奇石の陰にうずくまった男は身じろぎひとつしない。おそらくこの男であれば、そこで気配を絶ったまま夜明けを待つこともできるだろう。伊賀忍軍の頭領、服部半蔵――右京がその気配に気づけたのは、あるいはただの僥倖だったのかもしれない。
「おぬし、なにゆえ播磨屋に? まさか用心棒を引き受けたわけではあるまいな?」
「いえ――」
 半蔵の問いの意味が判らず、右京は世話になった寺の住職から播磨屋を紹介されたくだりを手短に語った。
「たまさか、ということか……」
「はい。……されど、なぜそのようなことをお聞きに?」
 半蔵は幕府重臣の密命がなければ動くことはない。そのお役目について問うたところで答えが返ってくることはないと思いつつ、右京はそう尋ねずにはいられなかった。
「おぬしは知らぬでもよいこと……だが」
 思った通りの返事に、半蔵がひとつつけ足した。
播磨屋をただの人がいいお大尽などとは思わぬことだ」
「とおっしゃると?」
「あの男がおぬしを屋敷にとどめ置き、歓待しておるのは、おそらくおぬしを用心棒としてうまく使おうという魂胆あってのことよ」
「用心棒? 先ほどもおっしゃられたが、用心棒とは?」
「花しか目に入らぬおぬしらしい……」
 半蔵がわずかに笑った気配があった。
「――そも、播磨屋はなかなかにあくどいやり口で財をなした男だ。こたびの飢饉に際しても、京の都ですら飢えて死ぬ者が出たというのに、播磨屋は若狭からの鯖を押さえて値を吊り上げ、ひと儲けしたほどだからな」
「それはあまりに……」
「――要はこの播磨屋、いつ義賊気取りの小天狗に襲われてもおかしくない商人だということだ。それゆえ、いざという時のお守り代わりに、神夢想一刀流の達人をそばに置いておきたいのだろうよ」
「そう申されても……私には用心棒を務めるつもりなどないのだが……」
「とはいえ、賊が踏み込んでくれば、おぬしも播磨屋を守るために抜かねばなるまい? 播磨屋には恩がある……いや、これから恩ができるのであろう?」
「…………」
 確かに、播磨屋が見せてくれるという西洋の書物のこともある。もし烏天狗が現れれば、知らぬ存ぜぬで通すわけにもいくまい。
「くだんの賊は、江戸や上方の大店や大身旗本の屋敷ばかりを狙って盗みをはたらき、それを気前よく貧しい者たちにほどこして回るという。……ことの是非はともかく、恐ろしく腕が立つという話だ」
「左様ですか」
「悪いことはいわぬ……一日も早くここを立ち去れ」
「ご忠告、痛み入ります」
 右京は軽く頭を下げた。とはいえ、半蔵には悪いが、話にあった書物をこの目で見るまで、右京も播磨屋を離れるつもりはない。
「……勝手な御仁だ」
 気がつけば半蔵の気配が庭先から消え去っている。右京は部屋に戻って障子を閉めると、寝床に座り込んで嘆息した。
「月……に烏はそぐわぬか」
 山寺から播磨屋へ来る道中、ずっとひねり続けていた句のことが思い出され、右京はついに朝日が昇るまで寝つくことができなかった。
「これはこれは……お早いですな、橘さま」
 着替えをすませた右京が、庭に下りて居合の稽古をしていると、朝餉の膳を持った女中をともなって播磨屋太夫がやってきた。手には何やら細長い紫の包みをたずさえている。
「いやはや、さすがですなあ。天下に名高い神夢想一刀流、よいものを見せていただきました」
「どうも……」
 刀を鞘に納め、右京は半蔵の話を聞いて気になっていたことを尋ねてみた。
「……こちらには、私のほかにも誰か逗留しておいでか?」
「は? ああ、はい。きのうもお話しいたしましたが、何かと物騒な世の中ですので、用心棒の先生がたを何人か……烏天狗のこともありますゆえ」
「そうですか……」
 みずから刺繍を入れた手ぬぐいで汗を拭くと、右京は膳の前に座った。
「その烏天狗とやら、巷では義賊あつかいされているとのことですが、播磨屋どのには賊に狙われる心当たりがおありか?」
「いやいや、義賊などと持ち上げられてはいても、しょせんは盗っ人ですからな。貧しい者に金品を配って回っているといいますが、果たして本当かどうか……」
 手ずから右京の湯飲みに白湯をそそぎ、播磨屋はなぜか楽しそうに続けた。
「――ともあれ、近頃では私どものような商家が狙われるだけでなく、やんごとなきお公家のかたがたやら大名家まで狙われる始末でして……まったく、ご公儀はなぜあのような賊を野放しにしておくのでしょうな?」
「さて……」
 他人ごとのような播磨屋の言葉を聞き流し、右京は箸を手に取った。
 数刻前、半蔵が右京に声をかけてきたのは、思いがけずこの屋敷に右京がいたからだろう。おそらく半蔵は、何かしらの狙いがあってこの播磨屋を探っていたに違いない。だが、塩鯖の値を吊り上げて財をむさぼった程度で、わざわざ伊賀忍軍の頭領が動くというのもいささか考えにくい話だった。
「ところで橘さま」
 盗っ人の話はここまでと、播磨屋は右京の食事があらかた終わるのを待って、みずからたずさえてきた包みをほどいた。
「――橘さまほどのおかたであれば、これまでにさぞや多くの刀をお目にしてきたのでしょうなぁ」
「それほどでもありませんが……」
「またご謙遜を」
 そういいながら播磨屋が紫の包みの中から取り出したのは、黒塗りの鞘も美しい懐刀だった。
「それは?」
「さる旧家から手に入れたものです。ぜひとも橘さまに見ていただきたいと思いまして」
「……拝見します」
 一尺ほどの鞘にはきらきらした螺鈿細工がほどこされている。見たところ、そう古いものではない。漆の艶は黒々と、金物もまばゆいばかりの輝きを放っていた。
 右京は柄巻のない柄を握り締め、そっと引き抜いた。
「…………」
 鞘の中から出てきたのは、反りの少ない刃だった。切先両刃造――小烏造と称される刀である。小烏造の太刀なら見たことがあるが、懐刀となると右京も目にするのは初めてだった。拵はあとから新しく作り直したものと思しいが、刀身のほうは本当に古い、それこそ鎌倉か室町の頃に打たれたものかもしれない。
「いかがでしょう?」
「いかが、とは……?」
「手に入れた際の触れ込みでは、室町の初めの頃の作で、もとは太刀だったものを懐刀に打ち直したとか……ですが、茎には銘もございませんでしたし、そもそも鞘すらひび割れていたありさまでして」
「では、折り紙は……?」
「ありませぬ」
 大仰な溜息とともに、播磨屋はかぶりを振った。
 人を斬るための道具ではなく、ある種の骨董として見るのであれば、折り紙のない刀剣に価値はほとんどないといっていいだろう。いかに切れ味がよかろうと、その由緒の裏づけがなければ、単に古めかしい刃物でしかない。
 そんなものを、みずから刀を振るうことのない商人が手に入れ、わざわざ刃を研ぎ直し、贅を尽くした拵をあらたに作り直したのはなぜなのか――世事にうとい右京にも察しがついた。
 播磨屋は右京を上目遣いに見ながら、
「橘さまほどの達人であれば、これがいつ頃、どこの刀匠によって作られたものか、お判りになるのでは……? ささ、遠慮なさらず、茎をおあらためください」
「あいにくですが……」
 右京はすぐに刀を鞘に戻し、播磨屋の前に置いた。
「私に目利きの真似事などできませぬ」
「そこをどうにか……!」
「私などに頭を下げずとも、顔の広い播磨屋どのであれば、それこそ本阿弥家にお願いすることもできるのでは?」
 昨今、金と権力に屈して折り紙を乱発しているといわれる本阿弥家だが、その権威はいまだに無視できない。誰が作ったのかも判然としないこの小烏造のひと振りに、それ相応の価値を持たせるには、大金を積んででも本阿弥家に折り紙を出してもらうほかはないだろう。
 言外に金で折り紙を買えという右京に、播磨屋はどこかばつが悪そうな顔をして、
「いやまあ、それはそうなのですが……」
 察するに、そこまでの大金はかけたくないということなのかもしれない。そうした吝嗇家の一面があればこそ、播磨屋もここまでの財をなせたのだろう。
 なおも食い下がろうとする播磨屋に、右京はいつになく決然とした面持ちで首を振った。
「まだ未熟者なれば、おいそれと刀のよしあしなど口にできませぬ。どうかご容赦願いたい」
「そ、そうですか。そこまでいわれるのであれば……」
 あからさまに気落ちした様子の播磨屋を見て、右京は静かに嘆息した。ここで世話になっていることを思えば、播磨屋の願いのひとつくらいは聞いてやるべきなのだろう。しかし、右京にも曲げられぬ節というものはある。
 その代わりというわけではないが、もし右京がここにいる間にくだんの烏天狗が現れたなら、用心棒のひとりとしてそれなりにはたらいてやらねばなるまい――そう心に決めて、右京はぬるい白湯をすすった。
                             ――つづく――