とびだせどうぶつの森 QRコード置き場

ここにはおもに『とびだせどうぶつの森』でネオジオキャラになりきるためのマイデザイン用QRコードや、SNK関連の二次創作テキストなどを置いています。髪型や髪色、瞳の色については『とびだせどうぶつの森』の攻略Wikiを参照してください。

『神の完璧なる食べ物』


 脳内で小さくアラームが鳴り始めたのが判った。よくない傾向だ。
 人目につかない薄暗い路地へと移動したマキシマは、ひとつ深呼吸してから通信回線を開いた。
『おい、てめェ』
 何の前置きもなく、不機嫌な相棒の声が飛び込んでくる。思わず苦笑しかけて、マキシマは表情を引き締めた。
『――食料の買い出しにどれだけ手間取りゃ気がすむんだ? どこをほっつき歩いてやがる?』
「そのことなんだがな……」
 マキシマはことさら低い声を作り、あえて小さなノイズを混ぜてK’に応えた。

 「どうやら……またリアクターに変調が出てきたらしい。どうにかごまかしながらやりすごそうとしてるところだが――」
『……マジか』
「ああ……とりあえず、人気のないところでしばらく様子を見てみる。俺のリアクターが暴走すると、小さな街のひとつくらい簡単にふっ飛んじまうからな」
『待て。おい、今どこにいやがる?』
「おまえの手をわずらわせるまでもない。……ま、せいぜい神サマにでも祈っててくれ」
 食い下がろうとするK’の気配を察したが、マキシマは一方的に会話を打ち切り、以降、呼び出しに応じようとはしなかった。
「――これでしばらくは大丈夫だろう」
 マキシマはネクタイを締め直すと、サングラスをかけて路地を出た。
 黒のスーツにネクタイで身を固めた今のマキシマの姿は、おそらく何も知らない人間の目には、要人警護を生業とするボディガードか何かのように見えるだろう。少なくとも、あちこちの組織からつけ狙われているサイボーグだと考える人間はほとんどいまい。
「さて……いざ出陣といきますか」

      ◆◇◆◇◆

「アテナ、ワイとネオプリ撮りにいかんか?」
「ネオプリ?」
「せや! せっかくのデートやさかいな! ふたりの愛の日々のひとコマを永遠に残すために――」
「うふふ……ケンスウったらまた冗談ばっかり。デートじゃなくてただの買い物でしょ?」
「ぐふっ」
 悪意のないアテナの言葉に、ケンスウは精神的なダメージを食らって前のめりに身を折った。
 夏――真夏である。
 恋人たちの季節である。
 人知れず悪と戦うサイコソルジャーとして、そしてアイドルとして、分刻みのスケジュールに追われる麻宮アテナにとって、きょうは貴重な休日だった。すなわちきょうを逃せば、今度はいつまたケンスウがアテナといっしょに外出できる機会がめぐってくるか判らない。
 それだけに、ケンスウがきょうに懸ける意気込みには尋常ならざるものがあった。
 それこそフェニックスのようにすぐさま復活したケンスウは、軽く咳払いをすると、サングラスとキャップで変装したアテナにあらためて切り出した。
「と、とにかくやな、ひと夏の思い出として、ネオプリ撮りにいかへんか?」
「その……ネオプリって何なの?」
「はァ!? アカン、アカンで、アテナ! 芸能界に生きる人間として、そら一番ゆうたらアカンこっちゃで!」
 ケンスウはアテナの肩をガシス! と掴み、ことさら顔を近づけ、低く押し殺した声でささやいた。
「――もう忘れたんか!? アテナもネオプリのフレームになったことあるやろ!? 確かにかなり昔のことやけど、芸能人として、一度やった仕事のことは忘れたらアカンで!」
「フレームって……ああ、思い出した、あのプリク」
「ネオプリや」
「え? だからプリク」
「ネオプリや! あくまでネオプリントなんや! プリクラなんてゆうたらアカン! あれはセガっちゅうかアトラスっちゅうか他社さんのモンや!」
「ケンスウ、はっきり自分でいっちゃってるけど……だいたい、たぶんもうこのへんに現役で稼働してるネオプリなんてないんじゃない?」
「と、とにかくやな! とにかくふたりでプリク……ぷっ、プリントシール機や! それで写真撮らんか? ひと夏の思い出――」
「ちょっと! ケンスウ、あれ見て!」
「ぐぎゃっ!?」
 ケンスウが拳を握り締めて暑苦しく説得しているのをさえぎり、アテナがいきなり少年の首をこきりとひねって強引に振り向かせた。
「しっ、新技かいな!? こら強烈なコマ投げやで……! かすかに涅槃が見えてもうたわ……」
「じゃなくて! ほら、あそこ!」
 頸椎にダメージを受けたケンスウの肩を容赦なく揺さぶり、アテナが若者たちでにぎわう通りの一角を指差した。
「――あれ? あの子、ひょっとして」
「でしょ? あれ、クーラちゃんじゃない?」
 小洒落たデザインの街灯に寄りかかり、いまどきマンガの中でしかお目にかかれないようなペロペロキャンディーをなめているのは、確かにケンスウたちとも面識のある美少女改造人間クーラ・ダイアモンドだった。この酷暑の中、モノトーンのゴスロリ風味の衣装に身を包んだ美少女とくれば嫌でも目立つものだが、案の定、何やらチャラい男たちに目をつけられ、声をかけられている。
「ほー、ナンパされとるわ……ま、アテナほどじゃないにしても、あの子も可愛いさかいな。――けどまあ、あっちはあっちで楽しくやってるようやし、ワイらはワイらで愛に満ちた思い出を胸に刻もうや、なあ?」
「ケンスウ! あなた、それ本気でいってるの!?」
「へぶう!?」
 アテナの右手がケンスウの顎をガシス! と掴む。少女の指先がめりめりと頬に食い込んでいった。
「ふや……ひょ、ひょうれふなしんわやや――ついに、つかみわやをえとくしたんやな、あへな――」
「何いってるかぜんぜん判らないし!」
「えひゃあ!」
 ふたたびアテナの手がケンスウの首をひねり、もう一度クーラのほうを向かせた。
「あなた、本当にクーラちゃんが楽しんでるって思うの? 誰がどう見たってガラの悪い連中に絡まれて困ってる女の子じゃないの!」
「絡まれて困ってるっちゅうか……たぶん、珍しい動物でも見てる感覚とちゃうか? きょとんとしとるで」
 KOFの常連であるクーラなら、チャラついた男たちの10人や20人、鼻歌混じりに蹴散らすことくらい造作もないだろう。つまり、あれこれ気を回すだけ無意味だった。ケンスウとしては、それよりもアテナとのふたりきりの時間を大切にしたかった。
「――そもそもアテナかて、わざわざ顔を隠しとる立場やろ? 自分からトラブルに首突っ込んで正体がバレでもしたら、せっかくのデートが」
「ショッピング」
「せっかくのデ」
「ショッピング」
「……と、とにかく、せっかくのショッピングが台なしになるで? クーラちゃんならホンマ、ワイらが心配するまでもないやろ。っちゅうか、むしろチャラ男たちのほうを心配すべきとちゃうか?」
「なるほど……」
 アテナはサングラスを少しだけずらし、上目遣いにケンスウを見つめた。
「つまり、ケンスウの考え方でいくと……もしわたしがああいうふうに絡まれてても、自分でどうにかできるんだから放っておいてもいい――と」
「そっ、そないなことゆうとらんやん!」
「でも、クーラちゃんを放っておいていい理由って、あの子が自分でどうにかできるくらい強いからなんでしょう? だったらわたしにもあてはまると思うんだけど」
 そうささやくアテナはどこか悪戯っぽく笑っている。ケンスウは慌ててアテナから視線を逸らすと、鼻の頭をかきながら歩き出した。
「アテナにはホンマかなわんなぁ……」
 アテナにあんな顔でお願いされてしまえば、ケンスウに逆らうすべはない。くりくりと手首をほぐしながら、ケンスウはチャラ男たちのもとへ足を向けた。
「あー、そこのあんちゃんたち、盛り上がってるところスマンけどな――」
 周りのみなさんに迷惑がかからないよう、ちゃっちゃとすませようとケンスウが声をかけると、チャラ男たちはふたり揃ってケンスウを振り返り、そして次の瞬間、同時に目を大きく見開いて硬直した。
「……?」
 チャラ男たちの反応が想像と違うことに、ケンスウは首をかしげた。美少女相手のナンパを不躾に邪魔されれば、いきなり殴りかかってきたりはしないまでも、ふつうは不機嫌さを前面に押し出して「あァン!?」などとこちらを威嚇してきそうなものだが、彼らの表情に浮かんでいるのは明らかな驚き――そして畏怖だった。
「そ、そないに引くほど怖い面相してへんやろ、ワイ……」
 チャラ男たちの反応に困惑しているケンスウの頭上に、その時、黒い影が落ちた。
「……うちのカワイコちゃんに何か用かな?」
 ケンスウの頭上に、大きな影が落ちてきた。はっとして振り返ると、見覚えのある大男がサングラスに黒いスーツというマフィアまがいの恰好をして突っ立っている。
「ま、マキシマはん……?」
 ケンスウが呆然と大男の名を呟いた直後、チャラ男たちは一目散にその場から逃げ出した。たとえその正体を知らなかったとしても、ごく当たり前の感覚の持ち主であれば、この大男と正面切ってことを構えようとは思わないだろう。彼らの反応はある意味当然といえた。
「何や、保護者がおったんかいな……せやけどよくないで? クーラちゃんみたいな子、ひとりぽっちにして放置しとったら、ナンパされるの当たり前やんか」
「そういうおまえさんは……なるほど、超能力アイドルのエスコート役か」
 アテナに気づいたマキシマは、サングラスを押さえて小さく笑った。
「――ま、おまえさんもせいぜいがんばることだな」
 グローブのように大きな手でケンスウの肩を叩き、マキシマはクーラのもとへ歩み寄った。
「行くぞ、クーラ」
「うん、パパ」
「ぱっ……パパやて!?」
 アテナとともにマキシマたちを見送ろうとしていたケンスウは、クーラがあまりにも自然に発したそのフレーズを聞きとがめ、思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。
「聞いたか、アテナ? 今クーラちゃん、マキシマはんのことパパゆうたで、確かに!」
「クーラちゃんが父親でもない大人の男性をパパって呼ぶなんて……は、犯罪の臭いがするわ……」
「ちょ、ちょっと待てよ、おふたりさん」
 ケンスウとアテナのひそひそ話を敏感な聴覚センサーで拾い上げたのか、マキシマは慌てたように引き返してきた。
「いいがかりはよしてくれ。何も悪いことなんかしてないだろう?」
「せやけどなあ……」
「ねえ?」
 ケンスウとアテナは顔を見合わせ、何度もうなずいた。
 確かにマキシマたちは、人間としてはそこまでの悪人というわけではない。が、かつては世界征服をもくろむ秘密結社ネスツに所属し、その工作員として数々の犯罪行為に手を染めていた過去を持っている。ネスツ壊滅に大きな功績があったとはいえ、色眼鏡で見てしまうのも仕方のないことだった。
「だからって人聞きの悪いことをいうなよ」
 マキシマは肩をすくめて溜息をもらした。
「――確かに以前はテロリストあつかいされてた時期もあったが、司法取引のおかげで、俺たちの今の経歴は綺麗でまっさらなもんなんだぜ?」
「ホンマかいな?」
「ああ。……とにかく、おたがい今はプライベートなんだ。余計な口出しはナシにしようぜ」
「ねー、パパー。お話まだ終わらないのー?」
 ケンスウとの会話を切り上げようとしていたマキシマの袖を、クーラがくいくいと引っ張る。可愛らしい改造人間の言葉に、ケンスウとアテナはふたたび顔を見合わせた。
「や、やっぱりパパゆうたで!」
「ちょっ……ど、どういうことなの、クーラちゃん?」
 アテナは眉をひそめ、クーラをマキシマから引き剥がした。
「ちょっと詳しいこと聞かせてくれない?」
「いや、だからこれには理由が――」
「マキシマはんは黙っとってや! ――クーラちゃん、何や犯罪に巻き込まれとるんとちゃうんか? 汚い大人に利用されとんのとちゃうんか!? 食いモンにされとるんやないやろな!?」
「えっとねー」
 いぶかしげに首をかしげていたクーラは、かなり小さくなってしまったキャンディーをふりふりと揺らし、マキシマを見上げていった。
「――おじさんはクーラのパパじゃないけどー、人目があるところではパパって呼べって。きょう一日パパって呼んだら、あとでクーラにいいものあげるからって」
「はァ!?」
「そ、それって……えっ、え、えん――炎上、じゃなくて」
「アカン! アカンで、マキシマはん!」
 ケンスウはマキシマに向き直り、上等なネクタイを引っ掴んでわめいた。
「――いくらテロリスト上がりやゆうたって、絶対に踏み外したらアカン人の道ゆうのがあるやろ!? た、確かにクーラちゃんは、その……はっ、発育のよろしいお嬢さんやけど、まっ、まだまだワイらと同じガラスの10代やで? 欧米はもちろん、この日本でも立派ないんこ――」
「だから人聞きの悪いことを大声で叫ぶな!」
「おぐすっ」
 ケンスウの脳天に軽くモンゴリアンを叩き込み、マキシマは声を荒げた。
「いっておくが、これはおまえさんたちが考えてるようないかがわしいハナシじゃない! と、とにかく移動するぞ!」
 周囲の視線が自分に集中するのを感じたのか、マキシマはひょいとクーラを小脇にかかえ、大股で歩き出した。
「ど、どこ行くんや!?」
「いいから黙ってついてこい!」
 文字通り人混みをかき分けるように、のっしのっしと歩いていくマキシマ。ケンスウはいまさらながらに、マキシマたちにかかわってしまったことを後悔していた。もしあそこでアテナがクーラに気づいていなければ、今頃はふたりでネオプリのフレームに収まっていたはずなのである。
「……ったく」
 サイボーグの歩幅で約一分、ひとつ隣のブロックまでやってきたマキシマは、クーラを降ろしてサングラスをはずした。
「な、何や、マキシマはん? 何かあるんか?」
「あれだ」
 マキシマは相変わらずのにぎわいを見せる通りの向かい側を指差した。
「――あの店、知ってるか?」
「あー……最近オープンしたスイーツの店ちゃうんか? エラい人気やゆうて、ネットやテレビで何度も紹介されとったの見たで」
 時刻からいって、まだ開店して間もないだろうに、その店の前にはすでに長い行列ができている。9割がた若い女性たちで、あとはその連れの若者がちらほら混じっているだけの、やたらと華やかそうな行列だった。
「はっ!?」
 行列を見ていたアテナは、目を見開いてマキシマを見上げた。
「まさか……あのお店、ネスツの残党が隠れ蓑に使っているとか――そうなんですね、マキシマさん! それでクーラちゃんとこっそり偵察にきたんですね!?」
「いや、ことはそう単純じゃない。……ともかく並ぼう」
「は……? な、並ぶ?」
「行列があれば並ぶ……ここは日本だ。日本人ならそうすべきだろ」
「日本だから並ぶっちゅうのはよう判らんけど――」
 今ひとつ釈然としないながらも、ケンスウとアテナはマキシマたちといっしょに行列の最後尾に並んだ。
「……ざっと見たところ、悪しき力は感じられないけど……」
 いったい彼女の頭の中ではどんなシナリオが描かれているのか、アテナは表情を引き締め、サングラスをずらして油断なくあたりを見回している。もはやふたりっきりでデートを楽しむような雰囲気はどこにもない。
 軽く背伸びをして、テラス席でスイーツを食べている女性客をしばし観察したケンスウは、悪い予感に顔をしかめてアテナに耳打ちした。
「なあ、アテナ……ワイ、思ったんやけどな、コレ、律儀につき合う必要ないんとちゃうか?」
「えっ? だって、もしネスツの残党のアジトだったら――」
「いやいや、そないなハナシやったら、マキシマはんが出張ってくる前に、いつもの傭兵さんたちの出番やろ?」
「つまり……レオナさんたちを呼べってこと?」
 またもやはっと目を見開き、アテナはスマホを取り出した。
「――わたし一応、パオパオカフェでの女子会の時にID交換したから、レオナさんもウィップさんもすぐに呼び出せるけど」
「呼ばんでええって! ……ええか、アテナ? もしホンマにそないな事情があるんやったら、もっと慎重に、バレへんように監視するモンやろ? それをこないにバカ正直に行列に並んどったら一発でバレてまうやんか。身長2メートルのサイボーグやで?」
「はっ!? い、いわれてみれば――」
 みたび目を見開くアテナ。
「いわれんでも判りそうなモンやけど……まあええわ。でな、ワイ思ぅたんやけど、マキシマはんて、甘いモン好っきやろ?」
「え? あ、うん……そうだったかも」
「せやけどあないなゴツいオッチャンが、ひとりでギャルたちに混じって行列に並ぶとか、ただの不審者やんか」
「そ、そういうものなの?」
「そうなんやて! せやから、それをごまかすためにクーラちゃんを連れとるとんちゃうかな? マキシマはん、20代のわりには老けとるし、確かにあれならギリギリ親子で通らんこともなくはなきにしもあらずっちゅうか――」
「通るの? 通らないの? どっち?」
「と、とにかく、これはカムフラージュっちゅうヤツや! せやろ、マキシマはん!?」
「そこまで判ってるなら大声を出すな」
「うぬっぷ」
 マキシマはサングラスをかけ直し、ケンスウの脳天に2発目のモンゴリアンを叩き込んだ。
「ほっ、本当に、ただ甘いものが食べるために、行列に自然に並ぶためにクーラちゃんを連れてきたんですか、マキシマさん?」
「おっと……たかが甘いものだなんていうつもりならやめておくんだな」
 怪訝そうなアテナに、マキシマは自慢のもみあげを撫でながらニヒルにいった。
「――おまえさんにとってはどうだか知らないが、俺にとってスイーツは単なる糖分の塊じゃない。そうだな……命そのものといっていいだろう」
「い、命って……大袈裟やろ?」
「そうか? ……なら、スイーツを肉まんに置き換えてみろ」
「はっ!?」
 今度はケンスウが目を見開く番だった。いわれてみれば、確かにケンスウにとって、肉まんは単なる炭水化物とタンパク質の塊ではない。ケンスウは神妙な表情でうなずき、無言のままマキシマと固い握手を交わした。
「判ってもらえたようで何よりだ。――ということで、俺たちのことは放っておいてもらおうか」
「せやな! マキシマはん――いや、父と娘の水入らずの休日を邪魔するのも何やし、ワイらはワイらでネオプリでも」
「ねえ、ケンスウ、わたし思ったんだけど」
 ケンスウのセリフをさえぎり、アテナは唐突にいい出した。
「――わたしたちもここで何か食べていかない? なし崩しにすでに並んじゃってるわけだし」
「は? せやけどここ、肉まんないやろ?」
「あのね、ケンスウ。こういうお店っていうのはね、こんな可愛いスイーツを食べてるわたしってすごく可愛いでしょ? 見て見て! っていう画像を世界に向けてアップするために存在するのよ? あなたがいつも食べてるような、顔の半分くらいあるような大きな肉まんなんかアップしたところで、わたしのフォロワーはいいねをくれないの」
「あ、アカン……何やよう知らん間に、アテナがカンペキにインスタ脳になっとる――」
 急に痛くなってきた胃のあたりを撫でさするケンスウ。しかし肝心のアテナはもはやケンスウのことなど眼中にないかのように、クーラとふたりで何を食べるかで盛り上がっている。
「ここはフルーツをたっぷり使ったパフェがウリなのね。じゃ、わたしはやっぱりイチゴ系にしようかなー……クーラちゃんは?」
「んーとね、えーっとねえ」
「俺はもちろんマンゴープリンパフェが本命だが、当然のようにメニューの上から下まで順に頼むぞ」
「もー、マキシマさんたら!」
「はっはっは」
 あっけらかんと笑う大男とふたりの少女――もはや完全にここで休日を満喫する気まんまんの3人を見て、ケンスウの肩がすとんと落ちた。
「な、何や、これ……ワイの立場は――」
「ほら、ケンスウ! 席が空いたわよ!」
 夏の陽射しを恨めし気に見上げるケンスウを、アテナがぐいぐい引っ張っていく。店内ではマキシマの巨体が邪魔になると思われたのか、4人が通されたのは通りに面したテラス席だった。
「……行列に並んどるおねーちゃんたち、めっちゃこっち見とるやん……明らかに晒しモンやんか……」
 何しろ身長2メートルの大男が、ほくほく顔でメニューを眺めているのである。はたから見れば異様に思えるのも仕方ない。
「ねえ、ケンスウは何がいい?」
「は? そらぁ肉まん――」
「肉まんパフェとか肉まんロールとかないから。――じゃあピーチね、ピーチ丸ごとパフェ。食べる前にちゃんと撮らせてね?」
 今ひとつ前向きになれずにいるケンスウに代わり、勝手にオーダーを決めるアテナ。おそらくアテナの頭の中では、すでにパフェと自分をひとつのアングルの中にどう配置するか、緻密な計算がなされているのだろう。昔からブログの更新を熱心に続けてきた少女は、いまや膨大なフォロワーをかかえるインスタ女子なのである。
 そこに、トレイにお冷のコップを載せて小柄なウェイトレスがやってきた。
「っしゃいゃっせー」
 まるでラーメン屋の店員のようなぞんざいな言葉遣いのウェイトレスである。何の気なしにそのウェイトレスの顔を一瞥したケンスウは、彼女が驚きの表情でアテナを凝視していることに気づいた。
「……?」
 ふと見ると、アテナのほうでも目を丸くしてウェイトレスを見つめている。そのままおたがい無言で見つめ合うこと数秒――最初に声をあげたのはアテナでもウェイトレスでもなく、マキシマの隣でメニューを見ていたクーラだった。
「あー、ラクガキのひとだー」
「おっ……オマエらがどうしてここにいるんだよ!?」
 銀色のトレイを盾のように構えてわめくウェイトレス。アテナは椅子から腰を浮かせ、ウェイトレスを指差した。
「確かあなた……な、なが、長良川――」
「何だよそれ!? ナガセだよ、ナガセ! 人の名前間違えて覚えるとかサイテーだぞ、オマエ!」
 ナガセという名の少女のことなら、ケンスウもアテナから聞かされて知っている。アデスだかクシエルだかいう組織によって生み出された改造人間で、日本の忍術をベースにした暗殺術を使う物騒な少女だった。
「そのナガセちゃんが……何でまたこんなとこにおんねん?」
「は? ダレだ、オマエ? いきなり……新キャラか?」
「新キャラちゃうわ!」
「そのわりには見たことないぞ」
 ナガセは眉をひそめてケンスウをひと睨みすると、レンズの小さなサングラスのフレームをそっと指でタッチした。すると、小さな電子音がかすかになり、レンズの表面を細かな文字が滝のように流れ落ちていくのが判った。
「なになに……シイ・ケンスウ、一応超能力者でKOFの常連――ただし、クシエル主催の大会の際は不参加……はん、ゴミだね、ゴミ!」
「ごっ、ゴミとは何や、ゴミとは!?」
「あー、はいはいはい、モズられたくなきゃガキは引っ込んでなよ」
「むぶう」
 ケンスウの顔面にトレイを押しつけて脇へ押しやると、それまでの攻撃的な態度から一変、ナガセは満面の笑みを作ってマキシマのかたわらにしゃがみ込んだ。
「すいませぇん、マキシマのオジサマ♪ いらしてたのにぜんぜん気づかなくってぇ。ナガセったらうっかり者♪」
「ん? ああ……おまえさんか。久しぶりだな」
 ここまでのやり取りなど微塵も耳に入っていなかったのか、じっとメニューに見入っていたマキシマは、そこで初めてナガセに気づいたように驚きの声をあげた。
「どうしてまたこんなところにいるんだ?」
「何ていうか、抜け忍の哀しき宿命? まあそんな感じです。わたし、結果的にアデスを裏切ることになっちゃったから、今は世界各地を転々としてるんですけどぉ、逃亡資金を稼ぐのもこれでなかなかたいへんで……今はここでアルバイトしてるんです~」
「そうか。いや、俺たちにも覚えがあるからな。逃亡生活の苦労は判らんでもない」
「そういっていただけて嬉しいです~」
 ニコニコしながらマキシマとの会話を続けるナガセ。ケンスウは首をかしげ、そっとアテナやクーラに尋ねた。
「なあ……あのふたり、知り合いなんか? やたら仲よさげやけど」
「仲がいいっていうか……ナガセちゃんが一方的にマキシマさんのことを好きなだけだと思うけど」
「は?」
「えっとねー、ナガセはオジサンのことが好きなんだよ。あと、サングラスの兵隊さんとか、モヒカンの人とかも好きなんだって」
「どういうこっちゃ?」
「要するに、彼女は渋い大人の男性が好みらしくて……逆に、いわゆるイケメンとか美少年とかは嫌いみたい」
「はっは~ん……判ったで。せやからワイに対する当たりがキツかったんやな? 江坂が生んだこの奇跡の美少年、シイ・ケンスウさまがふぉっ!?」
「そこ、少し黙ってなよ」
 ナガセが投じたトレイの直撃を受け、ケンスウは仰向けに倒れた。
「……オマエら、オジサマの連れでなかったら全員わたしのシューティングスターで穴だらけになってたところなんだからな? パフェに一服盛られたくなきゃ静かにしてろよ」
「そんなことより早く食べたいー!」
「オマエも黙ってろよ、ネスツの改造人間! まずはオジサマからだろ! ……さあ、オジサマ♪ ご注文は何になさいますかぁ?」
「そうだな。まずは最初にマンゴープリンパフェと……ひとまず上から下まで全部ひとつずつもらおうか」
「承知いたしましたぁ。少々お待ちくださ~い」
 そういうと、ナガセはアテナたちの注文は聞かずにさっさと店の中に戻っていってしまった。
「むーっ! クーラのぶんは!? 桃の甘~いのは!?」
「心配するな。とりあえず全部持ってきてくれるようだから、好きなのを選べばいいだろ」
「わーい」
 自分のぶんのパフェが確保されると知って、クーラは無邪気に喜んでいるが、パフェにはあまり興味のないケンスウは呑気に笑っていられる気分じゃない。赤くなった鼻先を撫でながら、ケンスウはあたりを見回した。
「おほー……ホンマにムチャクチャやな、今の子。見てみいや、一服盛るだの何だの物騒なことばっかいいよって、周りの皆さんもドンビキやないかい」
 さっきまであれほど並んでいた行列が、今はもう完全に消えていた。すでにパフェを食べ始めていた女性客たちの中にも、穴だらけだの一服盛るというフレーズが効いたのか、途中でスプーンを置いて立ち去る者が出始めている。
「……こらァ近いうちに廃業になるかもしれへんな……」
 ケンスウが心の中で両手を合わせていると、自分の問題発言にミジンコほども気づいていないとおぼしいナガセが、パフェを大量に載せたカートを押して戻ってきました。
「お待たせしました~♪」
「わ~い♪」
「ほう……こいつはうまそうだ」
「あ、ちょっと待ってください! 食べる前に写真写真……と」
 もはやマキシマとクーラはパフェしか見えていない。アテナもインスタ用に自撮りをするので忙しく、もはや周囲を気にしているのはケンスウだけだった。
「はぁ……もうエエわ、好きにやったって。――あ、ねーちゃん、ワイには肉まんでも持ってきてくれへんか?」
「は!? 何いってんだよ、オマエ?」
 すさまじいいきおいでパフェを食べているマキシマに、「はい、あ~ん♪」などとやろうとしていたナガセが、ケンスウのセリフにあからさまに顔をしかめて吐き捨てた。
「この店に肉まんなんて置いてあるわけないだろ? バッカじゃないの?」
「ば、バカとは何や、バカとは!? それが客に対していうことかいな!?」
「だから、オマエらはオジサマのオマケなんだよ! 座らせてもらってるだけでも感謝しろよな! ホントなら灼熱のアスファルトの路上で正座だぞ、正座」
「勝手なことゆうなや! ここ、自分の店ちゃうやろ!」
「ウザいな、オマエ……冗談抜きにモズられたいのか?」
「おもろいやないかい! やれるもんならやってみいや!」
 間にマキシマをはさんで睨み合うケンスウとナガセ。険悪な空気を察してか、あたりからはますます人が減っていく。が、もはやケンスウも店の売り上げをおもんぱかっている余裕なんかない。
 と、その一触即発の空気をかき混ぜるように、1台のゴツい黒塗りのバンがドリフト気味に店の前にすべり込んできた。
「――ちょっと待て、そこのおまえら!」
「悪いがおやつの時間は後回しにしてもらおうか、お嬢さんがた」
 バンのスライドドアを開け放ち、ダウンジャケット姿の男たちが飛び出してきた。ひとりは赤いバンダナ、もうひとりは青いキャップにサングラスといういでたちで、どちらもやたら体格がよく、そして暑苦しい。
「よっ、傭兵のオッチャンたちやんか――!」
「……わたしもいるけど……」
 ラルフとクラークの肉体の壁にさえぎられてよく見えなかったけど、ふたりのすぐ後ろにレオナもいる。怒チームの実働部隊が日本のおしゃれタウンに出動とは、いったい何が起こったというのか。
「な、何かあったんか? オッチャンらがこないな場所に出張ってくるなんて、タダごとじゃあれへんやろ?」
「タダごともナニも、ここにクシエルの残党がいるって通報があったんだよ。それも、ウチのお嬢サマのところに直接な」
「あ、それわたしでーす。レオナさん、そう伝えればすぐに来てくれるんじゃないかと思って」
 イチゴがたっぷり入ったパフェを食べていたアテナが、いつの間にかレオナを自分の隣に座らせ、クーラも含めた3人でさっそくばしゃばしゃと写真を撮っている。クーラはともかく、レオナはパフェを前にしてもまったく嬉しそうじゃなかったけど、アテナ的には問題ないらしい。
「オマエ! もしかしてクシエルの残党ってわたしのことか!?」
「へぶう!」
 ケンスウを押しのけ、ナガセがアテナに詰め寄る。
「オマエ、余計なことを……! っていいたいところだけど、今回ばかりはよくやったって褒めてやるよ!」
 にやりと不敵に笑ったナガセは、すぐさまクラークのもとへ走ると、その太い腕にしがみついた。
「あのぉ……わたし、何でも素直にしゃべるんでぇ、もうどこへでも連れてってってカンジ? いっそこのままオジサマにさらってって欲しいな~、なんちゃって♪」
「い、いや、一応任務だから、本部には連れていくつもりだが――どうします、大佐?」
「おいおい……大慌てで出てきたってのに、もう任務完了か? 燃える要素が何ひとつねェこんな展開じゃ、消化不良もいいとこだぜ」
 おしゃれタウンでいったいどんな激しい任務を期待していたのか、ラルフは溜息混じりにぼやきながら、空いている椅子を引っ張ってきて腰を降ろした。
「……しかしまあ、ここはひとつ頭を切り替えて、たまにゃレオナに年頃の小娘らしい楽しみを味わわせてやるってのはどうだ、クラーク? 本部に帰投するのはそのあとでもいいだろ?」
「確かに……俺たちといっしょに戦場を駆け回ってたんじゃ、たぶん一生こんな店に縁はないでしょうからね」
 何を納得しているのか、クラークもまた椅子を引き寄せると、肩にナガセを引っかついだまま腰を降ろし、レオナにいった。
「――レオナ、おまえも遠慮せずにごちそうになれ」
「……任務の一環ですか?」
「まあそんなところだ」
「おい、待てよ。ここにあるのは俺が注文したモンだぜ? 勝手にごちそうだ何だいわれても困るぜ」
 すでに大きな器を3つも空にしていたマキシマが、そこで初めてラルフたちを見やり、不満の声をあげた。ひょっとするとこのサイボーグは、自分のスイーツタイムを邪魔されなかったら、最後の最後までラルフたちを無視し続けるつもりだったのか。
「まあそういうなって」
 ラルフはマキシマの隣に椅子を寄せ、馴れ馴れしげに肩を組んだ。
「――どうせアレだろ? てめェのサイフにしたって、あちこちの金融機関のサーバーに侵入して、世界中の何百万て口座からちょいちょいつまんでふくらませてんじゃねえのか? ん? そのへんつつかれて、また各国から指名手配されたら厄介だな、おい?」
「俺は気前がいいからな。どんどん好きなもんを頼んでかまわんぜ。きょうは俺の奢りだ」
「だとよ、クラーク」
「といっても……この店で俺が口にできそうなものはコーヒーぐらいなんですが」
「確かにこのメニューじゃなあ……ビールはねェのか、ビールは?」
「……大佐、任務中です……」
「そうだな……なら、俺と大佐にはアイスコーヒー、レオナにはハーブティーを頼む」
「承知いたしました~」
 クラークの肩にかつがれてデレっとしていたナガセが、瞬間移動よろしく店の中へと消えていく。
「それにしてもアイドルのお嬢さんよ」
 テーブルに身を乗り出し、ラルフがアテナに声をかけた。
「――あんた、いつの間にレオナとIDの交換なんかしてたんだ?」
「以前、大会前にパオパオカフェでプチ女子会を開いたんですけど、その時に交換したんです。実は10代の女性選手だけでグループ作ってまめに連絡を取り合ってるんですよ。こういうおいしいお店があるとか、可愛いコスメの情報とか、みんなで共有しようと思って」
「……ちなみにその事実を、ミス・シラヌイだのミス・キングだのは知ってるのかい?」
「知ってるわけないじゃないですか。だって舞さんやキングさんたちはもう20代なんですから」
 にっこり笑って即答するアテナ。ケンスウはもちろん、ラルフもクラークも、その邪気のない笑顔を目の当たりにして言葉を失い、思わず顔を見合わせてしまった。
「――おい、ちょっと待ってくれ」
 5つ目の器を空にして腹を撫でていたマキシマが、ふと眉をひそめてアテナに尋ねた。
「さっきおまえさん、10代の女性選手だけでグループを作ってるっていったな?」
「ええ」
「10代の、KOFに参加したことのある女性選手ってことか?」
「ええ。全員てわけじゃないですけど、まあ、ほぼほぼみなさんに声をかけてますけど」
「そのグループ……ウィップも参加してるのか?」
「はい、かなり前から」
「じゃ、もしかして今ここでパフェを食ってるのも……?」
「もちろんです。レオナさんに声をかけたのにウィップさんに連絡しないなんておかしいでしょ? マキシマさんがごちそうしてくれるっていうから、お暇ならどうぞって声かけましたけど――いけませんでした?」
「そ、そいつは……まずいぜ」
 パフェ用の長いスプーンをぐにゃりと曲げたマキシマは、やにわに立ち上がり、クーラの手を掴んだ。
「帰るぞ、クーラ! 長居は無用だ」
「え~? クーラまだ食べてるのに~。おかわりもしたい~!」
「そうですよ。まだいいじゃないですか。どうしたんです、いきなり?」
「おいおい、まさかてめェ、いまさら奢るのが嫌になったとかいうんじゃねェだろうな?」
「そんなんじゃない。……だが、ウィップに俺の居場所がばれたのはまずい――」
「どういう意味だ? おたくら、今もウィップと行動をともにしてるんじゃないのか?」
「いや、確かにそうなんだが……正確にいうと、ウィップを介して相棒に俺の居場所や行動が筒抜けになるのがまずいんだよ」
「マキシマはんの相棒ゆうたら――あの陰気なあんちゃんやろ?」
 なぜかラルフとクラークにはさまれて肩身のせまい思いをしていたケンスウは、自分より年下という設定のくせにやたらと尊大な、ガングロ白髪革ツナギの顔を思い浮かべて立ち上がった。
「あのあんちゃんに居場所がばれたら何やまずいことでもあるんか?」
「ああ……実をいうと、食料の買い出しだと嘘をついて出てきたもんでな」
「あァ? どうしてまたそんなつまらねェウソなんかついてんだよ? もっと堂々と行動すりゃいいだろ?」
「あんたらには判らんだろうな……まるで幼稚園の保母さんみたいなもんなんだぞ、俺の毎日は……!」
 曲がったスプーンをさらに小さく丸めて握り潰したマキシマの拳が細かく震えている。心なしかその表情は、今にも泣き出してしまいそうだった。
「――何しろクーラはこんな感じだし、K’はK’で、自分の食事の準備すらまともにできん社会不適合者だ。いや、食事だけじゃない、風呂やシャワーの準備、着替えや日常品の調達も全部俺がやってるんだぞ? というか、日常的なことは何ひとつできないといっても過言じゃないんだ、このふたりは! それこそ食うか寝るか闘うか、それだけだ!」
「要するに……マキシマはんがふたりのデカい幼児の面倒をずっと見てるちゅうわけか」
「まるで手のかかる子供をかかえた主婦ですね」
「さしずめムチ子は、仕事が忙しくて育児をなかなか手伝えないサラリーマンのお父さんだな、お父さん」
「笑ってくれてかまわんぜ……こうしてK’に隠れて甘いものを思うさま食べることだけが、今の俺の唯一の心のささえなのさ……」
 目もとを押さえたマキシマの指の間から、きらりと輝くものがこぼれ落ちていく。ケンスウはそこに、30前のオッサンでありながら、いきなり思春期の少年少女の母親役にされてしまった戦闘サイボーグの悲哀を見た気がした。
「せやったんか……それでようやく判ったで」
 ケンスウは痛ましげな表情でうなずいた。
「――つまり、マキシマはんがここでパフェ食っとる間、ガングロのあんちゃんはイライラしながら空腹に耐えとるっちゅうことやろ?」
「ああ……あいつ、俺が甘いものを食いに出かけようとすると、『オレのメシが先だろうが!』って残像残して蹴飛ばしてこようとするしな……バレるといろいろ面倒なんだよ……」
「せやからアレなんやな、あないに恨めし気な顔でこっち見とるんやな」
「……は?」
「いや、ほれ、あそこ」
 ケンスウはラルフたちが路上に無断駐車しているバンのほうを指差した。
「…………」
 いったいいつそこに来ていたのか、黒塗りのバンの影から顔を半分覗かせたK’が、サングラスをずらしてマキシマを見つめ、無言のままバンのボディにごすごすと何発もワンインチをかましている。すでにサイドパネルはボコボコだった。
「ちょっと、K’、そのくらいにしておきなさい」
 隣にいるウィップが必死に止めようとしていたけど、暴走する一六歳の無言の抗議は止まらない。
「ああ!? てめェこのガキ! 何しやがる!? ウチの車両だぞ!?」
「……うるせえ」
 椅子を蹴倒して突っ込んできたラルフのかたわらを一瞬で駆け抜けたK’は、そのいきおいのままマキシマの襟首を引っ掴んだ。
「テメェ、人にジャーキーしゃぶらせといて、こんなところでな何してやがんだ、おい……?」
「そ、それは……食料の買い出しの途中で、クーラがちょっと甘いものを食べたいっていい出したから――いや、もちろん俺はすぐに帰ろうと思ってたんだが」
「つか、テメェはリアクターの不調だったんじゃねェのかよ?」
「あ」
「あ、じゃねェだろうが――!」
 K’の右腕が赤い炎を噴き上げる。マキシマは慌ててその拳をかわし、じりじりと後ずさった。
「ま、待て、相棒。腹が減ってるんだろう? これ以上余計な労力を使ってさらに腹が減るのもつまらないんじゃないか?」
「……いいや。たまにゃ相棒の性能チェックもしてやらなきゃならねェからな。リアクターの調子が悪いってんならなおさらだろ?」
「ちょっと、K’! ――クーラ、ふたりを止めて!」
 店の前の路上で対峙するふたりを見て、常識人のウィップが悲鳴に近い声をあげた。
「え~? クーラまだ食べてるし~」
「だったら大佐! お願いします!」
「はァ!? こいつはてめェら一家の問題だろ? っていうかよ、まずバンの修理代払えっつーの!」
「すまんな、ウィップ。おまえには悪いが、俺たちも任務の途中だからな」
「そうね……今は任務が最優先だわ……」
「レオナまで……あなたそういいながらパフェ食べてるだけじゃない!」
「これも……任務の一環よ……」
 もぐもぐとメロン山盛りパフェを食べ続けるレオナに、あからさまに血圧を上昇させていくウィップ。そこに折よくというべきか折悪しくというべきか、追加のパフェやアイスコーヒーを用意してナガセが戻ってきた。
「ああっ!? ガングロのガキ! オマエ、いつの間に!? っていうか、オジサマに何するつもりだよ、オマエ!」
「うぜえ……すっ込んでろ」
「鬱陶しいのはオマエのほうだろ!」
 マキシマに対して明らかな殺気を向けているK’を睨みつけ、ナガセはメイド服を脱ぎ捨てると同時に走り出した。
「こらアカン……完全にアカンで――」
 またたく間に修羅の巷と化した路上に立ち尽くし、ケンスウはただただ戦慄した。
 マキシマを殴り倒そうとするK’に、それを阻止しようとするナガセ、そしてただ逃げ回るマキシマ。ラルフとクラークはバンを弁償させようとK’に向かっていくが、ウィップはどちらにつくべきか迷っておろおろとするばかり。クーラとレオナはまだ未練がましくパフェを食べているが、それがすめばたぶんこの闘いに首を突っ込むに違いない。ひとりは遊びの延長、もうひとりは任務として――そしてその結果、ますます収拾がつかなくなることだろう。
 これは非常に危険なパターンだ。だいたいこうした混沌とした展開の最後には、お決まりのオチが待っている。
「アカン……これはアレや、どこぞにルガールのオッサンがおって、自爆スイッチを押して強引にハナシを締めるパターンやで! まともな方法ではどうにも収拾がつかんよって」
「何をぶつぶついってるの、ケンスウ?」
「あ、アテナ! アカン、今すぐ逃げたほうがええ! 行くで!」
「バカなこといわないで! みんなを放っておくわけにはいかないでしょ!」
「イギーッ!」
 トラブルに背を向けて逃げ出そうとしたケンスウの首を、またもやアテナがぐりんと無理矢理ひねった。
「――こんなに再生回数を稼げそうなハプニングに背を向けて逃げるなんて、あなた正気なの!?」
「さ、再生回数って――」
「さあ、スマホ構えて! ちゃんとわたしを入れ込むの忘れないでね? 実況はわたしがやるから、この突発的なストリートファイトを全世界に実況してアクセス数を稼ぐのよ!」
「アカンて! このままやとルガールのオッサンがスイッチ押しに唐突に現れよるで!」
「大丈夫、『MI』にルガールさんはいないから!」
「そっ、そういうハナシとちゃう――わぎゃん!?」
 K’に蹴り飛ばされたラルフの巨体がケンスウを直撃した。
「うぐぐぐ――」
「悪ィな、青少年! 任務に犠牲はつきものだからよ!」
 軽く首を振って立ち上がり、ケンスウに詫びてふたたび乱闘に戻っていくラルフ。派手に転がったケンスウは、尻を撫でながらどうにか立ち上がると、自分が激突してしまったテーブルの客に頭を下げた。
「すんません、何かその……ワイのツレっちゅうわけやないんやけど、お騒がせしてもうて――」
「かまわないよ、ケンスウくん」
「……へ?」
 コーヒーカップを置いた男は、手にしていた新聞を折りたたんで立ち上がった。
「あの……どこかでお会いしたことあったやろか?」
 白い上等なスーツに身を包んだ、浅黒い肌のアジア系の紳士だった。やたらと手足が長く、あちこちに金でできたアクセサリーをつけているのが特徴的で、一度会ったらまず忘れないインパクトの強い男だが、ケンスウには見覚えがない。
「きみとじかに会うのは初めてだが、私は前からきみのことを知っていたよ。……とても興味深い存在としてね」
「は……?」
「それはともかく……どうやら今この場にもっとも必要とされているのは、この私らしい」
「ど、どういうこっちゃ?」
「こういうことだよ」
 男は懐から何やらコントローラー風のものを取り出すと、赤いボタンに親指をかけた。
「10年後にまた会おう、諸君――」
 男がかちりとボタンを押し込むと、その姿が一瞬にして霧のように消え去った。
 次の瞬間、ケンスウは、まばゆい光が広がり、自分たちを呑み込むのを感じた。

      ◆◇◆◇◆

『MIA』PS2版発売10周年、おめでとうございます。
                                ――完――